1.お年寄り世帯
  2.嘘
  3.見た目
  4.病院
  5.判断基準
  6.戦う姿勢
  7.時間の使い方
  8.その国の現実
  9.ものの価値
 10.エネルギーの先
 11.W杯の側面



お年寄り世帯


かなり前の事ですが未だに心に残っていることがあります。
近所のスーパーでのこと。

お刺身を買おうと選んでいた時、かなりご年配のおばあちゃんが傍にいる私に困ったように話しかけてきました。
「おいしそうなんだけど年寄りだから食べ切れないんだよね」
「もっと少ない量のはないのかね」
確かにこのスーパーのお刺身パックはひとつのネタの量が多いので私達夫婦でも残してしまうことがあります。
「おじいちゃんが好きだからお刺身買いたいんだけどね」

結局おばあちゃんはお刺身を買わずに行ってしまいました。
昔は魚屋さんでお客さんの注文に応じて刺身の盛り合わせなんかも作ってくれていたけど、
スーパーではなかなかそうもいかないですし。。。

何だか切ない気分になり、帰宅後主人に話すと、「じゃあ1パック買って半分にしましょうって言ってあげればよかったのに」
「あ〜そうだよね。思いつかなかったな〜、そうすればよかった。。」激しい後悔に見まわれました。

おばあちゃん、今度逢えたら半分こにしましょうね。






きっと私は今までたくさんの人を傷つけたんだろうなと思う。比較的物事をはっきり言う性格と嘘が嫌いな性格の為。

仕方のない嘘や相手を傷つけないための嘘でも、嘘は嘘。どんな奇麗事を聞いてもやっぱり嘘は嫌いでした。
嘘によって作られてしまう何かは、例えそれが思いやりであっても私にとっては重荷にしかなりません。
嘘をつかれたことがわかるとその人の存在は不安に変わります。何を聞いても不安になってしまうのです。

私も嘘をついたことが無い訳ではありません。数え切れないほどあります。
嘘は一度では終わりません。その嘘を補う為の新しい嘘が繰り返される事になります。
どんな嘘でも嘘をついた事実が重く、自然に相手と距離をおくようになったこともありました。
とにかくどんな事でも本当の事だけを伝えたかったし伝えて欲しいと考えていました。

でも最近ちょっと考えが変わりました。
世の中には知りたくない事、伝えたくない事がたくさんあって、それは当事者だけでなくその周りにいる人にとっても同じ。
時には近しい者でもうかがい知れない様な複雑な感情があるのだということ。
それを無視して独りよがりな考えを貫くのは、相手の気持ちを無視したエゴなのだと気付きました。

今でも嘘は嫌いです。
でも嘘をつくことによって痛みが避けられるのなら、それは正しいことなのではないか。
そう考えるようになりました。




見た目


私は掃除・洗濯・アイロンかけ・後片付けなどの、いわゆる「家事」と言われる事が好きです。
これは結婚前からで、一人暮らしも全く苦になりませんでした。
結婚当時同僚など周りの人からよく言われたのが、
「○○さんって毎日ご飯作ってるの?」「掃除とかするの?」
そりゃ〜するさ。おなか空くし、生活していれば部屋だって汚れるんだから。。

確かに私は「お風呂にする?それともご飯にする?」(古っ。。)的な奥さんでない事は自覚していましたが、
そこまで家庭的でないと見られているとは思っていなかったので、ちょっと衝撃的でした。

いつからかそんな事も言われなくなり「奥さん」と声をかけられる事が増え、
徐々に自分自身に「奥さん」としての合格点を与えられるようになりました。
昔目指していた自分の中の理想の奥さん像とはちょっと違いますが、それでも自分なりに自分に対しての不満は少なくなっています。

でも私が男だったとして私と結婚するかと考えると、、、う〜ん、ちょっと嫌かも。。




病院


私は病院が嫌いです。まぁ、「病院大好き!」って人も少ないと思いますが。。
子供の頃比較的病弱で年中病院へ連れて行かれていたこともありますが、
大人になってからもそれなりにお世話になり、未熟な判断力でなく感じたことは、

どうして看護婦さんは私の血管に注射を打つのが下手なの?あなたプロでしょ?失敗するならせめて3回までにして!
点滴中に故意に管を揺らさないでよ。腕にひびくじゃないの。
超音波検査で無断で人の内臓を研修生に見せないでよ。一言あってもいいんじゃない?
あなた方には毎日の事でうんざりでしょうが患者にとっては一生に一度あるかないかの出来事なんだから、
もう少しデリカシー持って対応してよ。
そりゃ私は病気かもしれないが、そんなにボロクソに怒らなくてもいいじゃない。傷つくな〜

こんなところでしょうか。

久しく病院とは縁が無かったのですが、今年に入ってバタバタとお世話になることが続きました。
夫婦そろって毎週歯医者。主人が頭痛でMRI検査。ペットの病院毎週一回(これは積極的に)。
これだけでも満腹(?)なのに、さらに私の少々厄介な病気が発覚。。。精密検査。通院。

病院に対して昔ほど拒否反応はありませんが、やっぱり好きになれない。
真剣に御祓いに行こうかと検討中です。




判断基準


何かを判断するとき人それぞれ基準があると思いますが、私の場合は長い間「両親に話せるか?」でした。
大学進学と共に上京し一人暮らしを始めたのが18歳の時。
そんな年齢でもそれなりに選択事項があり、両者にかなりの開きがある場合はやはり楽な方へと逃げ込みやすいものでした。
時にはその選択が卑怯な事だとわかっていながらも逃げ込みたくなることもあり、
そんな時は、私を信じてくれている両親に自信を持って話せるのか?と自分自身に問いかけていました。

決してセンチメンタルな意味だけでなく、成長過程にある私にとってはもっと両親から学ぶ事があるはずで、
そばにいない事でその必要性をより強く意識していたのだと思います。

結婚後はその基準が「主人に話せるか?」に変わりました。
でも主人は私の否の部分も認めてくれがちなので、やや基準が甘くなりがちです。。




戦う姿勢


盛り上がってますね〜W杯。いよいよあと4試合です。
日本代表については思うことが多過ぎて書き切れないので、省略(笑)

今回の大会で印象的なのことは、魂を込めて戦う姿と負けた時に流す選手の涙です。
負けを受け入れられず時に子供のように泣きじゃくる姿が、その一試合に賭ける強い思いと誇りを感じさせます。
負けたら悔しい。
その思いは世界の一流プレーヤーであっても小さな子供達でも同じ。
ちなみに私が今一番目が離せないのがドイツのGPカーン選手です。
日本選手の皆さん、この人の戦う姿勢を見習ってください。ほんと〜に戦っています。

某人気プレーヤー様。ハーフタイムにその個性的な髪型を一から整え直すのはいかがなものでしょうか?
それが貴方のポリシーであっても、少しも素敵ではありませんでした。




時間の使い方


自分の毎日を振り返ってみた。

朝8時起床     朝食・出社準備
朝9時         通勤・仕事
夜7時30分     帰宅後夕食準備・夕食・後片付け
            その他家事・ペットの世話
夜10時30分    ようやく自由時間
夜12時30分    就寝

平日はほぼ毎日このスケジュールで過ごしています。
けっこうバタバタしていますので疲れがたまることもありますが、好きな仕事を続けながら好きな家事を楽しめるので満足しています。

私は時間の使い方が上手いようで下手です。
限られた時間の中であれこれ詰め込む事は得意なのですが、
自由な時間が限りなくあると実が入らなくなり、何もできなくなってしまいます。
要するに「後でやろう」という精神状態に切り替わり、集中力を欠いてしまうという致命的な欠点があります。

短い期間でしたが仕事に就いていなかった時は、毎日何をしていたんだろう?と考えてしまう位密度の薄い日々を送っていました。
何故かギリギリまで自分を追い詰めて後がなくなってからバタバタと動き出す。
もしかしたら前世に関係があるのではないか?
そんな根拠の無い事に原因を求めてしまう程理由がわからない自分の中の不思議のひとつです。

自分のための時間。家族のための時間。
上手に素敵な時間を過ごしている女性を見ると憧れます。
私もいつかはそんな余裕を感じさせる女性になりたいものです。いつだろう。。




その国の現実


個人の方のHPでアジアのリゾートへの旅行記を読んでいた時のこと。

「夜遅く排気ガスにまみれた大通りで、4歳くらいの女の子3人が物売りをしていた。
海外旅行に来て豪華なホテルに泊り買ってもらった玩具を手に冷房の効いた車内で居眠りしている息子と、
排気ガスあふれる路上で商いをしている女の子。胸が痛むものがありました。」

母親として平常ではいられなかったその方の心情が、私にも切なく伝わってきました。

その是非はともかくとして、これが私が東南アジア方面への旅行をためらっている理由のひとつです。
治安が悪い、食物の安全性が疑わしい、などは自己責任で回避できる事ですが、
そこにある現実は私達の思いとは無関係に容赦なく飛び込んできます。
それもその国のひとつとして受け入れるべき事なのかもしれませんが、でも私にはそれが出来ない。。
できることならそんな現実は見たくないというのが本音です。

旅行の計画を立てる時はまずどこへ行くかを考えますが、ただ行ってみたいだけでは決められない国もあります。
私にとってはそれが東南アジアの国なのです。




ものの価値


私達夫婦は旅行以外ではあまりお金を遣いません。
最近買った高価なものというと、、、「家」くらいでしょうか(笑) まぁ、幾ら以上を「高価」とするかによると思いますが。
欲しいものが無い訳ではありませんが、特に不自由していない場合は「どうしても欲しい」とまでは行かず、
あまり「プラスα」を求めなくなりました。

昔々(か・な・り昔)苦学生だった頃はお金は無いのに欲しいものがたくさんあり、必死にバイトをして買っていました。
それでも追いつかず諦めざるを得ない時は、「早く社会人になってカードでショッピングができるようになりたい!!」と、
無茶苦茶な動機で歳を取りたがっていたものです。(愚かでした。。。)
何であの頃はあんなに見るもの全てが魅力的に見えたんだろう??

今は、その「もの」の価値を自分の中で他の「もの」と比較し、経験に基づく客観的な評価が判断の基準になっています。
ん?と言うことは、少しはものの価値を見極める「目」が養われたのかな〜 なんてうぬぼれてみる。

ところでお金を稼ぐスタートは時給制が一番です。
お金の価値が実感できると同時に身にしみるので、改めて親の偉大さを思い知らされます。




エネルギーの先

私の尊敬する方に、中坊公平氏という弁護士さんがいます。
豊島産廃事件の顧問弁護や住宅債券管理機構初代社長を務めたことで有名な方です。
当たり前のことを口にし実行する姿が、誤魔化しや馴れ合いで汚染された政治社会を払拭するような潔さを感じさせます。

学生時代一般教養で履修した法学科目がきっかけで、弁護士という職業に注目した時期がありました。
弁護士はよく「正義の味方」と形容されるますが、私は不思議な正義が存在する世界だと思っています。
訴訟においてどちらの代理を務めるかによって正義は全く逆に位置付けられますし、顧問をしていればその正義は常に変わります。
一般人にはおよそ理解のできない犯罪者を弁護する事もある訳だから、そうでなければまっとうできないのかも知れない。

以前惨い犯罪を犯し反省の欠片すら見せない犯人の弁護団が、「弁護する価値はあるのか?」との遺族の問いに、
「この事件の真相を明らかにすることで、再びこのような犯罪が繰り返されないようにしたい」と答えていたけれど、
問いに対する答えになっていないところが弁護団の苦しい胸の内を表していると感じました。

中坊氏は「私の事件簿」という本を出しています。
過去に手がけた14の事件の概要とその中で揺れ動く著者の心理描写、
そして事件で得た自身の教訓がわかり易い言葉で綴られた、気軽に読めるお勧めの一冊です。
(本人曰く)「できの悪いお坊ちゃん」から「平成の鬼平」誕生までのエピソードもこの本の魅力のひとつです。

読み終えて印象に残ってるのは、
「世の中理屈や筋書きだけでは動きません。エネルギーが必要です。(中略)人間退路を断って懸命にやれば、世の中は動くものです。」
というシンプルな一節です。
実績を背景に語って初めて重みを持つ、忘れられない言葉です。

中坊氏もいつもいつも社会正義と認められる立場に居られたわけではないはず。
本職以外でも重責を成し遂げたこの人のエネルギーは、いつでも真っ直ぐに人に向けられていました。
弁護士以外でのこの方を評価する声も多いのですが、私はやはり弁護士としての中坊公平氏を尊敬しています。




W杯の側面


今回の大会は日本では女性や子供が一番観戦した大会となったそうです。
このことは単にサッカーに触れるという事だけでなく、
子供達にとっては「国」という意味や、「日本人」であることを実感できる貴重な時間でもあったような気がします。
教育現場において、教科書以外で国を意識できる機会がどれくらいあるかを考えると、
TVを通して祖国を応援することで自然と芽生える仲間意識は、
「愛国心」をわかりやすく、そして自然に理解できるチャンスだったと思うからです。
言葉による教育ではなく自ら経験し吸収することは、時に親や教師では及ばない学習効果を挙げると私は考えています。

サッカーに限らず世界のスポーツシーンでは、国旗の方向を向き、また母国の方角に向きなおして、
国歌を口ずさむ選手達の姿がよく見られますが、私はその姿にとても神聖なものを感じます。
国を代表している誇りや国を愛する気持ちが、その誇らしげな姿から伝わって来るからです。
日の丸はステージに掲げられているもの、君が代は入学式や卒業式で歌うもの。
そんな私の子供時代の認識はこのようなシーンを見ることで徐々に変わっていきました。
そして特に日本の象徴との意識の無かった日の丸・君が代を、今は国旗・国歌として自然に受け入れています。

今大会の日本代表選手は、国歌を口ずさむ選手がほとんどいなかった4年前に比べほぼ全員が君が代を口ずさんでいました。
「愛国心」ということが一般に語られない国、日本も、そして日本人も変わってきているのかな、と、
妙に感傷的になったりもした一ヶ月間でした。


上に書いたことは、私の個人的な考えです。
本来思想理念は強制されるべきことではないと思っています。
この文章を読まれ不愉快に思われる方がいらっしゃいましたらお詫びいたします。





毎日思うことのメニューへ