1.大人の条件
  2.進む道
  3.広がる和
  4.積み重ね
  5.記録
  6.何かを始める
  7.母の中の私
  8.気持ちの表し方
  9.やさしい人たち
 10.不携帯
 11.イエスマン
 12.自然体
 13.戸田橋花火大会



大人の条件


全てにはっきりとした位置付けがある中で「大人」とはどんな状態を言うものなのか、漠然と疑問を持っていました。
一般的には20歳からが大人とされるけれども、この年代ほど微妙な時期は無いと思っています。
学生も社会人も様々な環境でこの歳を迎えるます。
最近は耳年増的な意味での成熟が早いけれども、一般社会に照らし合わせると未完成な大人が目立っている。
非常識な社会人が多いのはその副作用のようなものなのかも知れません。
これは私だけではなく当事者を除いたほとんどの人が感じていることだと思います。

大人になれば自由や権利を得る一方で相応の義務も発生するものです。
楽しいことも苦痛なことも、同じ目線で、両方の目でその全体像を把握しようと努めなければ、物事の本質は理解できないはず。
でも大人になりきれない大人たちは嫌なことは片方で、もう一方はいつでも楽しいことばかりを追っている。
片方の目でしか物事を映せなければ、平面的にしか受け止められないと思うんだけど。。

様々なことが低年齢化している中で、なぜ人の成長だけは同じように進んでいけないのか。
責められるべきは若い世代ではなく、その世代を生み出してしまった年代なのかもしれません。
何故なら最近はその年代の人間でも大差無い人たちが目立つから。




進む道


昔は夢がたくさんあった。
あの当時夢見ていたことのどれ位を実現できたんだろう。
あの当時の私は今の私に不合格点をつけるかも知れない。

やろうと思えばできたことはもっともっとあったと思う。
今思うともったいないと思うような時間を過ごしていた時もある。
間違った道を歩いていたこともあるかも知れない。

最近は進みたい道は毎日違ったりする。
夢や理想だけでは生きていけないという言葉の意味がわかる年齢になってきたから。

現実とは違う世界を見たいから、旅をする。
そこで新しい自分や新しい道を発見して、新しい生活が始まる。

あの当時の私も、今私がこんなに幸せを感じて生きている事実はきっと理解してくれるだろう。

ちょっと感傷的な真夏日の熱帯夜です(笑)いや、しかし、暑い。。。




広がる和


私は「人見知りってなに?」というくらい初対面の方と会うことが苦になりません。いろいろな人とお話することは新鮮だし勉強になります。
主人の友人ともほとんどの方と会いました。
主人とは歳が離れているのでお会いする方は年上の方が多く、社会経験も豊富でお話も楽しい方が多いのです。
いつもかわいがってもらっています。

学生時代も機会があればいろいろな会に参加しました。合コンといわれる会にも。
でも合コンに限って言えば楽しかったことは少なかったような気がします。
ラフな席なので会話もはじけた内容が多く(ちょっとはじけ過ぎなこともあり。。)、30分もすれば飽きてしまうような会ばっかりでした。

それに比べると他大学とのゼミ間の交流は毎回楽しみでした。
ゼミの教授の手配で行われる不定期の交流会で、成績には関係の無い主に意見交換の場でした。
同学部・他学部によって内容は異なりますが、私は他学部との交流会が特に楽しみでした。
相手の専攻分野で普段私が考える事を確かめたり、より深い見解が得られるとても有意義な時間でした。

そんな希少な出会いは社会人になってからも大切にしていました。
それぞれの職場の友人を交えて、さらに和が広り、それは大切な財産でした。
残念なことに以前付き合っていた彼の稚拙な嫉妬で疎遠にならざるを得なくなり、今ではほとんど会うこともなくなってしまいました。
連絡をとってみようかな〜とは思うのですが今やお互い既婚者。相手に迷惑をかけてしまうことも考えられるので躊躇しています。
幸い(?)私達夫婦は共にその種の無駄な感情は持ち合わせていないので、私側はOKなんですが。。

男女だと、いわれの無い噂や面倒な感情が背景に見え隠れしてしまいますよね。
極端の言い方ですが、不安の種やその種の感情が自分の中に存在するから相手を疑うんじゃないかな?
それぞれだから、よくわかんないけど。。

初対面の人でもすんなり受け入ることができることと人との出会いを大切にすることは、
自分の性格の中でも特に気に入っているところ。
だからもっともっと和を広げて、いろんな人とお話ししていきたいな〜




積み重ね


先日チャッピーの調子が悪く、様子を見る為に午前中半有給をもらいました。
中途半端にしか時間が無いのでやることも無く、久しぶりにワイドショーをぼ〜っと見ていたら、
女性タレントが、「結婚前はおいしいものを食べさせてあげたいと思って食事を作っていたけど、
結婚するとそれが義務になる」というような事を言っていました。

ふ〜ん、そうなのかな〜?
私は今も昔も変わらずおいしいものを食べてもらいたいし、義務だとは思っていないけどな〜
とは言っても平日は時間が無いので大したものは作ってあげられないけど、それでも毎日できる範囲で精一杯のものを作っています。
私は逆に義務感ではできないと思うな。そんな風に考えたらきっとこんなに頑張れないと思うから。

結婚当初は「作り置きのきく料理」を週末に作って冷蔵や冷凍で保存していたけど、
今では少しは手際も良くなったし、短時間でできるレシピも増えたので、煮込み料理以外はほとんど作り置きはしなくなりました。
毎日の気分で食べたいものを決める楽しみも大切ですよね。特に食欲がおちるこの季節は。

休日は平日の分まで時間をかけて料理をします。
時間が必要なメニューを2人でゆっくり作ることもあります。
料理も洗濯も掃除も後片付けも、どうせやるならなるべく楽しく。

毎日は同じ事の積み重ね。
その積み重ねで生まれ、育てていくものを大切に過ごしていきたいと思う。




記録


最愛のペットだったセキセイインコのチャッピーが永眠しました。
ペットのページにその状況を記録しましたのでここではあまり触れるつもりはありません。
ただこの記録を残したことについて少しだけ。

本来このページに書き留めた事は私の心の中にだけ残しておくつもりでした。
でもピッチがそしてチャッピーが病気になった時、鳥に関する情報の少なさに気が付きました。
病院からの情報や症例だけではなく、
実際に経験した飼い主からの情報は同じ立場の飼い主さんにとっては非常に貴重なものだと思います。
ペットのページの「ちょっと心配なこと。」は、そんな思いから作り始めました。
同じことや小さなことを延々と綴っただけのページではありますが、同じ心配を抱えている方に少しでも参考になればと思っています。

鳥の小さな変化を見逃してしまうことは少なくありません。
でも気づいた時にはできるだけ早く病院へ連れて行ってあげてください。
鳥のように小さな生き物は治療方法が非常に限られてしまうそうです。
少しでも早ければ、治療の幅は広がるはずです。
鳥は私達飼い主だけが頼りなのです。
そんな信頼を大切にして、応えてあげて下さい。




何かを始める


まだまだ不安定な状態が続いている。
毎日夜になると何をしていいのか茫然としてしまう事がある。
以前はあんなに時間が足りない毎日だったのに。。

とりあえずホームページの手直しをしよう。
この「毎日思うこと」も更新していこう。なるべく暗い内容にならないように。

ふと、今まで気分に任せて撮り貯めていた2羽の写真をきちんとしたアルバムにしようと思い立つ。
最近はデジカメでばかり写していたので、まずこのデータをプリントしよう。
最近会社で購入したデジタルプリンター。
富士フィルムから発売された「Printpix CX-400」というプリンターなのですが、
メモリーを直接挿入しプリントできるのでパソコン接続が不要で扱いやすいのです。
デジカメブームに乗りかなりの評判でなかなか手に入りにくいらしいです。

これ、かなりいいです。
高精度のカメラには及びませんが通常のカメラと同程度の画質なので、私のような一般ユーザーには不満はありません。
店頭でプリントしてもらう事もできますが、せっかくプリンターもあることだし、一枚一枚眺めながら休日の2日間をたっぷり使ってプリントしました。
今度の休日にはこれをアルバムにまとめるつもりです。楽しみ。

「辛いな」って思っていても、お腹はすくし、笑顔も出てくるようになりました。
楽しかった思い出を涙や後悔で曇らせない為にも、何かを始めることが大切だってことがよくわかりました。
少しずついろんな事が受け入れられるように頑張って行こうと思います。




母の中の私


私はサッカーが好きでお気に入りのチームや選手がいますが、その中でミーハーな意味で好きな選手が一人だけいました。
でもお気に入りだったのは4年も前の話なのですが。。

先日母と電話で話した時、母も2羽のインコをかわいがってくれていたのでチャッピーが亡くなった事を伝えると、
私を心配したのかなかなか電話を切らず、次から次へと話しを展開させていました。
ほとんど耳に入らず、なんとなく相槌を打ちながら流して聞いていたのですが、仕舞には、
「ほら、○○ちゃん(私)の好きな名波が結婚しちゃったじゃない。落ち込んでいるんじゃないかと思って心配しちゃったよ。」
これにはさすがの私も大笑い。
お母さん、私も結婚しているんだし、芸能人に恋している小学生じゃないんだから。。

母はあまり言葉が上手な人ではありませんし、もともと会話の多い親子でもありませんでした。
そんな母が自分の中にある私の引き出しからいろんなものを捜して言葉をかけてくれました。

母は、こんないい歳をした私が子供に戻れる唯一の場所で、いくつになっても子供として扱ってくれる無駄な力の入らない場所でもあります。
子供時代よりも成人し、結婚してからの方が母との距離は近くなりました。
わがままで気難しい娘だった私も、少しは頼り甲斐のある娘に成長できたようです。




気持ちの表し方


上(↑)と同じく母と電話をしていた時のこと。
チャッピーの話題でちょっと沈み込んでしまったので、明るく「も〜大泣きしちゃったよ〜」と言うと、「あら、○○ちゃんでも泣くんだ」と言われた。

私は子供の頃からあまり泣かなかった。
遊園地で迷子になった時も、泣くどころか「お父さんとお母さんが急にいなくなった」と怒っていたらしい(笑)
自分の記憶の中でも、うれし泣きや悔し泣きは数え切れない程あるけれど、悲しくて泣いたことはあまり無いような気がする。特に人前では。
きっと感情の起伏が激しいから、人前では顔に出さない癖がついてしまっているんだと思う。

でも今回は泣いた。ものすご〜い大泣き。我慢なんてできなかった。
人前で泣くなんて恥ずかしいって思っていたけれど、今は素直に自分を出せるって、大切なことだと思うようになった。

でも歳とともに、涙もろくなりそうだな。。




やさしい人たち


日本人は時として冷たいと思われがちだけど、私はやさしい人が多いと思っています。
恥ずかしがりやだったり引っ込み思案だったりと目立つことを嫌う人が多いだけで、
基本的には情が深く、人を助ける行為を自然に受け入れている人が多いから。
人に対しても、物に対しても、その気持ちは変わりなく向けられている。

他国の人々とは表現方法が少し違うかもしれないけれども、やさしい気持ちは同じもの。
きっとみんな気が付かないところでも助けてもらっているんだと思う。

海外旅行をしていると特に思う。
主張して初めて気持ちが伝わる世界では、時には気持ちが萎えてしまう位シビアな感じがする。
ニュアンスで感じ取ってくれる日本人は、ある意味とても人の気持ちを思いやる術に長けているんじゃないかな?
いい意味でも悪い意味でも日本人的、また日本的サービスは日本人には安心感があります。

と言っても私はかなり主張する方だと思うけど。。




不携帯


先日駅のベンチに座ってる人を見て思わず笑ってしまった。横一列5人全てが携帯電話を眺めていた。
こんな光景は電車の座席でもよく目にするけど何をそんなに眺めているんだろうっていつも思う。

携帯電話って便利だけど機能面が供給過多で、本当に必要なものってそれほど無いような気がする。
利用者は利用者でなんか無理矢理使っているような気がしないでもない。もちろん本当に必要な人もいるんだろうけど。
私も携帯電話はかなり前から持っているけれど、使うのは電話機能のみ。メールはほとんど使わない。
全部自宅のPCで賄っているので職場の人以外には携帯のアドレスすら教えていない。

私はひとりの時間、誰にも邪魔されない時間を大切にしたい方なので、
通勤途中のちょっとした時間でも、頭の中を整理したり考えたりする時間に充てている。
便利だからいつも携帯はしているけど、どこにいても捕まってしまう携帯電話は、本当は好きじゃない。

電車などの移動中に音楽を聴くのもあまり好きじゃない。
音と空間の世界を分離させるのは不自然でかえって集中できないから。
本は読むけど耳はいつも空間と同じ中にいるようにしている。

パソコンも多様な機能の中でも実際に利用されているのはけっこうシンプルな機能だけだったりする。
携帯もそろそろ流行りものとしての役割は終えて、実質的な道具として落ち着いてもいいんじゃないかな。
本当に不可欠な人は少ないと思うから。




イエスマン


実力社会の現代でも、やっぱりイエスマンっている。
偉いさんの傍には揉み手まではしていないけど、
「はい、はい」ばかり言っているちょっと偉いさん(将来はもっと偉くなりたいさん)がくっついている姿をよく見かける。

会社でそれなりの立場に昇りつめた人なら人を見る目もあるだろうに、なんであんなイエスマンを・・・
と思っていたけど、それ位になると気苦労も多かったりで、
100%イエスと唱えてくれる人が安心で心地いいんだろうなって何となくわかるようになった。
企業戦士のガス抜きみたいなものなのかしら?

上司や先輩になって上の立場から人を使うのは難しいと思う。でも使われる方もけっこう大変。
上手に使ってくれる人と下手な人とでは、仕事に対しての意欲・効率全てに影響してきます。
私は常に使われる立場で10年以上働いているけれど、この人の下で良かったって思える上司は本当に少ない。
完璧な人間なんていないからあくまでも許容範囲という意味でですが、それでも1〜2人かな。
上司が部下に求めるものと部下が上司に求めるものや双方の認識は一致しないことが多いから、
上司から見れば私も部下失格だったかも知れない。

よく歳をとったOLは使い難いって言われるから、そうならない様に気をつけてはいるけど、
仕事に於いての自分なりのスタイルが出来上がっていると、頑なに見えちゃうかも知れない。
無駄な意地を張るつもりはないけれど、どんな目的や目標があっても私はイエスマンにはなれないな。

今度上司に聞いてみようかな〜
でも何て聞くんだろう。「私って使いにくいですか?」とか?
まさか「うん。使いにくい」とは言われないだろうけど。。
いや、あの上司なら言うかもしれない(笑) やっぱり聞くのはやめておこう。。




自然体


私を良く知らない人は私の事を冷静で強い人だと思っているらしい。そういう人には何かあるとよく頼られる。
でも本当の私はちょっとの事でも激しく動揺するし、すぐにパニックに陥ってしまう。
意地っ張りだから顔には出さないけれど、心の中は怒涛のごとく揺れ動いている。
控えめで一見大人しそうなのに物事を冷静にテキパキと対処する人を見ると、この人芯が強いな〜と尊敬してしまう。

皆さん、普段から口数が多く表に立っている人が必ずしも強い人なのでは無いのですよ。
一応言ってみる。。

昔はその評価や信頼に応えようとかなり無理をしていた。
一人では抱え切れないような事でも何とかこなそうと必死に歯を食いしばっていた。

自然体って言葉を受け入れ無駄な力が入らなくなったのは、ここ3年くらい。
きっかけははっきりと記憶していないけれど、無理をしなくてもみんな私を受け入れてくれるって自信がついたからだと思う。
それによって私から離れていった人はひとりもいない。

自分を知ってくれている人に囲まれている今は、とっても楽。
でも自然体とわがままってちょっと似ているから、単なるわがままな人に移行しないように自分を激しくコントロール中です。




8月3日の戸田橋花火大会の記録はこちら




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