1.免許以前に
  2.真っ向サービス
  3.すみっこ
  4.マイクを通さず
  5.スマートに生きる
  6.それぞれの一日
  7.その時の自分
  8.予定の無い休日は
  9.玉に瑕
 10.快適な車内
 11.手を振りながら
 12.頑張ってね
 13.珈琲タイム
 14.贅沢な気分
 15.温室の中のぬるま湯
 16.私達の形
 17.怠慢を生み出すもの
 18.思い出の川



免許以前に


車を運転していて思う。なんで煽るの?

私達夫婦は二人とも、とても安全運転。
安全運転というのは「遅い速度で走る」という意味では無く、常識の範囲で他の車の流れに乗って走行するという意味。
だから「法定速度を必ず守っています」なんてことは言っていない >まずいかな?

他にも、go&stop、車線変更、右左折時も同じように無理はしない。
だからと言って他の一般ドライバーに不愉快な思いをさせるような運転ではないと思っている。

高速道路では、3車線なら基本的に真ん中の走行車線を走る。
合流は無いし急ぐ人は追越車線へ行くから煽られる心配が無く安心して走行できるんだけど、それでもたま〜に煽られることもある。
追越車線が他の2車線より混雑している時に多いのだけれど、「急いでいるんだから、とにかくどけ」ということでしょう。
こんな時は譲らない。
だって何ら問題なく走っているんだから、それを乱したいなら自分だけで何とかすればいいと思う。

全体的に渋滞気味で前の車の車高が高い時などは、追越車線に移動する時もある。
別に早く走りたいわけではなく、見通しの良い方が気が紛れるから。
でもこんな渋滞時でもいるんですよね〜 
全車線とも渋滞でノロノロ運転しかできないのに、追越車線後ろから次々と前の車を煽って少しでも前に行こうとする車が。
後ろにピッタリくっついてパッシングしたり、右ウィンカーを出したり。

だからこんな状態じゃ走行車線も車が繋がっていて、よけられないんだってば。
無理に車線変更して危険が及ぶのは私なんだから。
と言うことで、余裕を持って車線変更できない限り私はよけません。

煽る行為って本当に失礼だと思う。いったい誰がこんな事始めたんだろう。
免許を取ったばかりの時は少しでも煽られると自分がいけないんだと思い込み必死に譲ろうと頑張ったけど、
運転歴に伴いドライバーの常識が身に付くと、そんな事は気にならなくなった。

ちなみに、別にいじわるで譲らない訳ではありません。譲るべき時で術がある時には速やかに譲っています。

昔、高速道路でふと気付くと後ろに街宣車がくっついていた時があって、この時は驚いて即刻譲りました。
こんな大きな車に後ろにピタリとくっつかれのは、かなり怖かった。。




真っ向サービス


日本郵政公社として生まれ変わった郵便局
「真っ向サービス」で本当に生まれ変わるつもりならば、是非ともサービス面を徹底的に見直して欲しいものだ。

私は郵便局には大きな不満を持っている。
どこでどんな教育を受けたのか知らないけれど、気持ちの良いサービスを提供してくれる職員が非常に少ない。
基本的にサービス業という自覚が無いのだと思う。

そのあまりの対応の不親切さ怠慢さに腹に据えかねて、意見文を送った事がある。
お決まりのお詫び文が戻ってきただけで、その後同じ局に行っても改善された様子は見られなかった。

その郵便局には郵便窓口が3つ、ハガキ・切手窓口がひとつある。
でもいつも開いているのは基本的に各窓口ひとつずつ。だから郵便窓口の方は多い時には7〜8人が並んでしまう。
一方ハガキ・切手窓口にはあまり並ぶ人はいない。
それならば混雑時くらい臨機応変に受け付ければいいのに、受け付ける事もあれば断わる事もあり、対応が一貫していない。
窓口以外の職員は、お客から丸見えの場所で3〜4人で雑談をしていることもよくある。
そんな自覚に欠けた無神経な状況がいつもそこにはある。

これで怒るなという方が無理でしょう?

細かい不満や出来事を挙げればきりが無いけれど、私が一番腹が立ったのは若い男性職員の横柄な接客態度。
腰の曲がったおばあちゃんが小包を出すために窓口で職員に話をしていた時のこと。
おばあちゃんは耳が遠いらしく曲がった腰を伸ばし背伸びをしながらカウンターの向こうにいる職員に話し掛けている。
それにも関わらずその職員はどっかりと椅子に座り背もたれにもたれたまま、聞きにくそうに話を聞いていた。

こんな時は少しでもおばちゃんの声が聞き取れるように、そして聞こえやすいように立ち上がるなり腰を浮かすなりするのが普通じゃないのか?
そんな気配すらない。
しかもなかなか話が通じないと、「おばあちゃん、誰か家の人いないの?」とうんざりした様子で言い出した。
その姿が横から見ていて非常に不愉快だった。

「あなた、もっときちんと話を聞いてあげたらどうですか?さっきから見てると聞こうとしていないでしょ?」
「誰か他の方、対応してください。この人では余りにも失礼です。」と、大声で言うと、
さっきから後ろの机で同僚と雑談していた年配の男性が慌ててやって来た。

事情を話すと、私に詫び始めた。
違うでしょう!あなた方がお詫びしなければいけないのはこちらのおばあちゃんでしょ?さっきの男性職員にもお詫びをさせてください。
そして速やかに処理をしてあげてください。

こんな当たり前のことですら、私が声を荒げて初めて気付く悲しいくらいの無神経さ。
基本的な対応すら身についていない人間でも務まる郵便局に独占された事業だから、頼まざるを得ないのが情けない。
ヤマト運輸さん、考え直してくれないかな。。

後日この男性職員は何事も無かったかのように、横柄な対応は変わっていなかった。
「400円切手を下さい」というお客に対して「400円切手はありません」とだけ答える。
「400円切手はありませんので、270円と130円切手でよろしいですか?」なりの言葉が浮ばないのだろうか?
こんなやり取りを知っても彼を指導する職員も誰一人いなかった。

10代の若いアルバイトでもそれなりのサービスを提供しているこの時代に、未だに取り残されている。
国鉄と同じ時代遅れな体制や根拠のない特権意識はちっとも変わってない。

「真っ向サービス」の真の意味を、今一度自分自身に問い直して欲しい。




すみっこ


コンビニなどで買い物した時にも、不景気を感じることがある。

昔はお弁当を買うと必ずお箸を入れてくれたけれど、最近は経費節減の為か「お箸はお入れしますか?」と聞かれる。
まぁ、箸ってなぜか余っているものだから毎回貰わなくてもいいんだけどね。

不景気が長引き深刻さを増してからは、
ファーストフードでもそれまでは無条件に渡されていた砂糖・ミルクを、予め必要か確認するようになったし、
街中でティッシュや試供品を配る姿もぐんと減っている。
ファミレスのドリンクバーコーナーでは、必要以上に持ち帰らないように注意書きされている所も多い。

以前節約なんたらって番組で節約自慢の主婦が、
「ファミレスのドリンクバーでは、ティーバック、砂糖、ミルクをがっぽり持ち帰るのは当たり前。
オムツ交換のお尻拭きはここのお手拭を利用している」と誇らしげに答えていたけれど、こんなことされたらお店は堪らないだろうな。
ただでさえ苦しい中人件費を削る工夫も兼ねたサービスなのに、それが裏目に出ているようなもの。

それは「節約のコツ」ではなく、単なる「非常識」。
不景気は自分一人に降りかかっている訳じゃないのに、こんな話を聞くとなんだか悲しくなる。

経済が私達の生活に大きく影響していることが、こんな生活のすみっこからもうかがえる。
無駄を無くす意味で良い習慣だし個人的には景気に関係なく続けて欲しい正しい事だと思うけれど、
上の節約うんぬんのようにそんな余裕を感じられない人が多いところに不景気の深刻さを実感させられる。




マイクを通さず


私がネットで頻繁に訪れるサイトにスポーツ選手の公式サイトがある。
媒体を通らない選手の生の言葉が聞けるので、試合前後によく遊びに行く。
新聞などでしか知ることのできなかった声がこんな風に手軽にそして正確に知ることができるので、ネットってホント便利だと思う。

以前サッカーの中田選手が「自分の言った言葉をストレートに伝えてくれない」と、マスコミへのコメントが極端に減った時期があった。
「正しく伝えてくれないのなら、何も話さない」という中田選手とマスコミとの間が一時険悪になったこともあった。
ファンとしては選手のコメントは興味があるし楽しみにしているものだから残念ではあるけれど、中田選手の気持ちもわからないでもない。
その後彼のコメントは全て自身の公式HPで行われるようになった。

マスコミは目を引くことしか記事にしない。
逆に言えば目を引くことならばどんな事でも記事にする。

現在オランダで活躍している小野伸二選手は、4年前靭帯断裂という大怪我を負い一時スポットライトの中から姿を消した。
懸命のリハビリを経て復帰を果たしながらも以前のようなプレイを取り戻せない小野選手に、容赦ない批判が繰り返された。
天才、日本サッカー界の宝ともてはやしたマスコミが、手のひらを返したように酷評を並べた。

でもプロならばそれも吸収し上手く消化していくことも必要なのだと思う。
気にしないと強がった19歳の小野選手のマスコミへの対応は、変わることはなかった。

イタリアやスペインを夢見る選手が多い中、注目され難いオランダを選び着実に強さを増している。
巧でない言葉で語る率直な気持ちは、サッカーを通して成長している23歳がそのまま伝わってくる。
ネットではマイクを通すよりも、素顔に戻って語ることができるのだと思う。

これからもずっとずっと頑張って欲しい。



公式サイトで限定販売されていた
「フェイエノールト ユニフォームストラップ」
買っちゃいました(笑)




スマートに生きる


最近仕事のせいか、ちょっとストレスがたまり気味。
普段は気にしないようにして流していることでも、こんな時は思いっきり吐き出してしまう。
一点集中で受け止めさせられている主人、ゴメンネ。

私にはスマートに生きるのは無理みたい。
年齢相応に丸くならなければと思うんだけど、相変わらず腹が立てば怒るし、納得いかない時には愚痴も言う。
反面、嬉しければ滑稽なくらい喜ぶ。
私の毎日は、主人相手にいつもフルパワーだ(笑)

感情の起伏が穏やかな主人には「そんな風に生きていて疲れない?」と言われるけれど、
私にとってはこの起伏を抑える方がよっぽど疲れる。

本当はしっとりとした女性になりたいんだけどな〜
いまさら無理だけどね(笑)




それぞれの一日


今日は子供の日。
若葉の季節の、子供にふさわしい一日。

子供の時は、おいしいおやつやプレゼントなど嬉しいことがあるから楽しみだったけれど、
大人になった今では空を泳ぐ鯉のぼりを眺めてこの日を実感するようになった。
「子供の日」と言うよりも「GWの中の一日」となっている人も多いように思う。

同じ一日でも年齢や立場で、それぞれの一日を過ごしている。

子供ができたら、また違った一日になるんだろうな。
その時私はどんな一日を過ごすんだろう。




その時の自分


最近リバイバル曲が次々とヒットしている。
その中のひとつ「浪漫飛行」は、私にとって特に思い出深い曲のひとつ。

この曲は主人の親友が、私達の結婚式で二人に贈ってくれた曲。
この曲はたくさんの人が私達の結婚を祝ってくれていると、幸せを実感させてくれた。

当時の私は、正しいことと間違ったことしか見えない尖った人間だった。
自分を大きく見せるために片意地張って、強がって、
決して十分とは言えない今と比べても、女性としても人間としても、ずっとずっと小さかった。

間違っていたわけでは無いと思う。ただ、余裕が無かった。
自分の弱さを見せるまいと、とにかく毎日張り詰めていた。

この曲を聴くと、あの当時の自分を思い出す。
確かに子供だったけれど、でも今よりずっと頑張っていたかも知れない。
今の私も頑張らないとな。そんな風にも思う。

たとえ成長し大人になっても、その時の自分を否定したり後悔するような生き方はしたくない。
振り返った時に至らないなりにも認めてあげられるような、そんな自分で在りたいし、そんな自分になりたいと思う。





予定の無い休日は

特に予定の無い休日は、平日の分もとことん寝ます(笑)
目覚ましをかけずに9時〜10時くらいに起き出し、
ちょっとした家事を済ませてから、ブランチに出掛けます。

このタイムスケジュールだと夕食まで時間が空いてしまうので、
おやつ代わりにパンをかじったりすることがあります。
そんな時は、「暖家」という地元で人気のパン屋さんへ。

写真は私のお気に入りの石窯パン2種とレーズンフルーツサンド。
そっけない素朴な味が飽きさせず、噛むほどに旨みが出てきます。香りも強い。
普段はフルーツサンドは食べないけれど、ここのレーズン入りのサンドは大好き。
パンがしっかりしているので、デザートパンという新しいポジションを確立しています。

このパンをかじりながらサッカーを見たり、本を読んだり。
あぁ、しあわせ♪



玉に瑕


今月の電気料金の請求が、先月の半分だった。

冬場はピッチの温度調節にお金がかかる。
カゴにビニールをかけてマットを敷いて保温力を高めているけれど、真冬は暖房のお世話にならないと適温を保てない。
だから冬場の我が家は、無人でも夜中でも基本的に24時間暖房をかけっぱなし。
暑がりな私はしっとりと汗ばみつつ、光熱費がぐっと高くなる。

お金がかかると言ってもセキセイインコの場合はこれくらいかな。
餌も青菜も安いし、ちっちゃいから食べる量も高が知れてる。洋服もおもちゃも要らない。

育てるのに犬や猫ほど手間がかからないし、人によく懐くし、仕草は可愛いし、お金もかからない。
セキセイインコってペットとしては万能かも知れない。

ただ、どんなにかわいいと思っても「ぎゅ〜っ」て抱き締められないのが玉に瑕だけどね(笑)




快適な車内


今日ネットのニュースで「態度分かれる妊婦のしるし」という記事が目に付いた。
妊娠初期に妊婦であることをさりげなく周囲に伝えるグッズに対する、交通機関側の冷ややかな反応についての記事。

この種のグッズを交通機関自らが配布しては?と言う問いに、消極的な回答が並んだそうだ。
趣旨には賛同するもののそこまでの積極性はないらしい。
「妊婦だけを特別扱いできない」「しるしは乗客に親切行為を半強要する」などが主な理由。

私には子供を持つ友人が多く、以前電車などでは席は譲ってもらえるのか聞いたことがあった。
お腹が目立ち明らかに妊婦だとわかる頃には、ほとんどの場合譲ってもらえたそうだ。
一方妊娠初期の頃は、最初から席を譲ってもらえるとは考えていなかったと言っていた。
逆の立場だったら自分も気が付かないと思うから、仕方が無いと言う。
どうしても立っているのが苦痛な時には、電車を選ぶなど最初から座れるように工夫してしのいでいたそうだ。

共働きが多い現代。
大きなお腹で通勤電車に揺られる人も、チラホラ見受けられる。
と言うことは、妊婦だと認識されていない妊娠初期の女性もきっといるのだと思う。
健康体の私でも疲れがたまっている時には立っているのがしんどいのに、
妊婦の女性は自分以外に守るものがあるわけだから、その負担は一般人の比ではないだろう。

先の話のように妊婦と気付けばほとんどの人が席を譲っているのだから、
そのきっかけとなるグッズを促進することは双方にとって「快適な車内」を実現する一歩にはならないだろうか?


女性専用車両実現への長い道のりを考えると、今回の件は小さな一歩にしかならないのかも知れない。
でもこうして取り上げられることが次の一歩につながるのだと思うから、
それぞれの立場を尊重しながら前向きな検討が続けられることを期待したいと思う。




手を振りながら


サイパン旅行最終日にホテルをチェックアウトし空港へ送ってもらう車中で、運転手の方がこんなことを言っていました。
「今サイパンはあまりお客さんがいないので、どこもガラガラだったでしょう?」

テロ、イラク戦争、サーズと、観光地を取り巻く状況は相変わらず厳しいまま。
サイパンも例外ではなく、無関係と思われる事であっても旅行者自体が減り続けている現状は大きな痛手となっています。
「アルカイダにとってサイパンなんて、どこだろう?という感じだと思うのだけれど、皆さん旅行を控えていますからね」
テロ後はこんな話もしていたそうです。
今回も様々な出来事が重なり時期的なものを鑑みても寂しいくらいのサイパンでした。

「こんな時に来てくれるお客様は、とても有りがたいのです。」
そう言って見送ってくれました。

私達がこうして旅を楽しめるのも、日々その街を守り温かく迎えてくれる人々があってのものだと思うのです。

今度は是非人で溢れるサイパンに遊びに来たい。
見送ってくれる運転手さんに手を振りながらそんな事を思いました。




頑張ってね


ネットで仲良くしてもらっているお友達が、待望の赤ちゃんを授かった。

まだ目を凝らさなければわからない位小さな小さな命だけど、

かけがえのない宝物は彼女のお腹の中でしっかりと育まれている。

彼女はとても聡明なひと。

母になる喜びと不安を抱えながら、一日一日強くなっている。

少しずつ、ゆっくりとお母さんになっていけばいいんだよ。

頑張ってね。私もたくさん応援するからね。




珈琲タイム


私は珈琲が大好き。
若い頃はエスプレッソのように濃いタイプが好きで、1日に4〜5杯は飲んでいました。
10年程前に医者に控えるように言い渡されてからは、1日に1杯と制限して楽しんでいます。

平日は出社して飲む珈琲が、唯一の珈琲タイム。
基本的には会社の珈琲を飲んでいるけれど、
おいしい珈琲が飲みたい時には会社のそばにあるオープンカフェでテイクアウトして出社しています。

このお店のアイス珈琲は苦味が強くて私好み。
でも年のせいか最近はちょっと重く感じるようになったので、
アイスウインナコーヒーを買い、クリームで馴染ませながら最後までおいしくいただいています。

特別な味よりも、どこででも飲める珈琲が好き。
そして一息つきながら姿勢を正して机に向かう、いつもの朝が好き。




贅沢な気分


私は食の幅が広い人間なので、海外旅行中食事に不便を感じたことは無い。
和食が食べられなくても、お米さえ食べられれば一週間を超える旅行でも問題なし。
旅先ではなるべく現地の食を楽しむようにしている。

でも旅行から帰ると無性に食べたくなるものが2つある。
ひとつは温かいお蕎麦。これは成田から自宅までの途中の駅にある立ち食い蕎麦でよく食べて帰る。

もうひとつが吉野家の牛丼。
これは学生時代からの私の好物。牛肉はあまり好きじゃないのに吉野家の牛丼は特別なのだ。

吉野家の牛丼は今でこそ値段も安くいつでも気軽に食べられるけれど、
学生時代の私にとってはなかなか食べられるものではなかった。

貧乏学生だった私の食事は、いつも自前のお弁当か学食の200円位の定食。
お米は実家から送ってもらえるので、お米たっぷり、おかずちょっぴりのお弁当。
夕食はほとんどバイト先の飲食店でご馳走になっていた。

当時の彼も同じような貧乏具合だったので(笑)、2人で外食することなんてほとんどなかった。

バイト代が入ると、よく吉野屋に行った。
牛丼以外のオプションなんてつけられなかったけれど、おいしいおいしいと夢中で食べていた。
若かったし、それ程おいしいものを知らなかったのかも知れない。
とにかくあの頃食べる牛丼は、ごちそうのひとつだった。

だから今でも吉野家に入ると、ちょっと嬉しい。
なんだか贅沢をしているような、不思議な気分になる。
おかしいけどね。




温室の中のぬるま湯


公的資金の投入を受けることが決まり、実質国有化されるりそなグループ。
その役員報酬が、5割に削減されることになったそうだ。
ちょっと前には6月に支給予定だった夏のボーナスと冬のボーナスを支給しない方針が発表された。

突然すぎて困る、というような意見を耳にしたけれど、
会社が潰れる時だって突然なんだから、それと同じことなんじゃないのかな。
会社は慈善事業じゃないんだから、それなりの利益がなければボーナスなんて払える仕組みにはなっていないこと位、
会社員をしていればわかるはずなのに。

いろんなものに守られた温室育ちのサラリーマンが権利ばかりを声高に唱えて、
いざと言う時には誰かに助けてもらわなければ進むべき方向すら掴めない。

このニュースを聞いて当然と感じない利害関係の無い国民が、何人いるだろう?
グループの人間だって逆の立場なら、同じように感じるはず。

そう言えば以前経営破綻した某銀行の会長が、たっぷりと退職金を貰って辞職したっけ。
その後の追及で返還せざるをえなくなったけど、
引責辞任にも関わらず当たり前のように退職金を貰って辞めるトップって、本当に多い。

責任の所在を明確にしておいてただ辞めるだけで済まそうなんて、誰も許さない。
こんな現実を見るたびに、日本社会自体が温室の中で成り立っているような気がしてくる。

見習うべきトップはすぐ身近なところにいるはずなのに。





私達の形


主人には隠し事をしない私にも、ひとりで抱え込み消化してしまう事もある。
漠然とした不安と、苦労。

漠然とした不安って、言葉にした時点で漠然ではなくなり、現実味を帯びてしまうような気がする。
だから決して口には出さない。
これは私の個人的なことでも、2人に関することでも、同じ。

苦労は、一口では言えないけれど、
元々私は苦労とか感じにくい性格なので、今あるこの事が苦労だとはその時点では余り感じない。
振り返って、「あ〜苦労した」と思い返すことの方が多い。

でも今までの人生経験で自然と予測できることも出てくる。これはまずいな、とか、これは厳しいなとか。
そんな予感に気付いてしまった時には、さすがに自覚する。
私が自覚するくらいの大変さになれば主人にだって伝わっているけれど、でもお互い敢えて口には出さない。

私は友人や知人に円満な結婚生活の秘訣を聞かれた時には、必ずこう答える。
「いつでも今が一番幸せだと思えるような毎日を送ること」

よく言われるように人生山あり谷ありだから、現実にはいつも幸せでなんていられないかも知れないけれど、
でも、幸せなんてあやふやなものだから、自分なりの幸せを作り出せばいいんだと思っている。
同じように、「苦労したね」って振り返ることができるような苦労の形だって見つけ出せるはず。

苦労をかけてしまっていると思う気持ち。
苦労をかけてしまっていると思わせない気持ち。

笑顔で過ごしたってうつむいて過ごしたって同じ一日なら、私達は笑顔で過ごしたい。
それが私達の生活の形。





怠慢を生み出すもの


車がトンネルに近付くと、「あっ、トンネルだ。私がライト点けますね。」
そしてトンネルを抜けると「私がライト消しておきます。」という車のCMがあるけれど、
そんなことまで自動になったら、ドライバーは運転に意識を集中させなくなっちゃうんじゃないかと思う。

確かにトンネル内でのライト点灯を忘れることは危険だけれど、
でもその危険を意識した上で万全な運転を心がけるのがドライバーの義務なのだから、
ドライバーをサポートするのと単に楽にするのとは、根本的に分けて考えるべきじゃないのかな?

車を運転する時は便利さだけではなく、そこに孕んでいる危険にもしっかりと目を向けることが安全運転の第一歩だと思う。
それには快適さを追求するだけでは補えない人間自身に託された部分が多分にある。
身近な所にこそ自分や他人の人生を左右するような落とし穴が潜んでいるということを、
ハンドルを握る全ての人が常に意識して初めてそれ以上を追求すればいいんだと思う。

よそ見・居眠り・飲酒・携帯。
どれも人間が与えられた義務を軽視することから生み出され、悲劇の引き金となってしまう。
こんな車社会を見ていると、とても「それ以上」を追求できるとは思えない。




思い出の川


今住んでいる家のそばには、大きな川が流れている。
家を買うにあたってたくさん下見をした中で、この川が特に印象に残った。
もちろん利便性や価格など他にも要因はあったけれど、何故かここが良かった。

8歳まで住んでいた家の前にも、大きな川が流れていた。
どうやら私は忘れっぽいらしく(笑)、小学生以前の記憶はほんの少ししかない。
覚えているのはただ川があったことと、その川沿いの道を歩いてひとりで幼稚園に通っていたことだけ。

でも今の家に住んでからは、忘れていた小さな頃のことを少しずつ思い出すようになった。

当時大好きだった公園に行く時には、その川にかかる橋を渡っていたことや、
その橋と反対の道をまっすぐ進むとお菓子屋さんが、そしてその先には習字の教室があったこと。
幼稚園や友達の家からの帰り道、川の向こうに家の看板が見えるといつも走り出していたこと。

家のそばの川は、子供の頃住んでいた家の前の川とつながっていると聞いた。
同じように私の想い出もつながっている。








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