| 直線と曲線 |
私は若い頃からお酒が大好きで、かなり強かった。 相当量飲んでも、お酒に飲まれたり正体不明になったことは一度もないし、 加えて人の話を良く聞く人間なので、お悩み相談室的にお酒に誘われることが多かった。 話しにくいことや恥ずかしい悩みなどは、お酒の席で話す方がお互い気が楽。 心の底にある本音を吐き出すのに有効だし、お酒の席って何となく暗黙の了解が存在するから。 私は「自分だったら」という仮定でしか答えることができない。 だからすでに結論を出し後押しだけを求められても、必ずしも期待に応えることができないので、「冷たい」って言われることもあった。 でも彼の度重なる浮気に悩む友人に、 「そのうち浮気癖も直るよ」だの、 「どんなに浮気をしても最後にはあなたに戻ってくるよ」なんて戯言は何の意味も持たないと思うし、 たとえその言葉で彼女が幸せになれるとしても、「私だったら別れる」としか答えられない。 こんな風に話が平行線でも、結論が出せなくても、終わりを告げるのが苦手だった。 最終電車を逃し、閉店をむかえ、店の外でさらに話が続くこともあった。 人の気持ちは複雑だから、きっといろんなポイントをまわって辿り着く人が多いんだと思う。 私が辿る道すじはいつも直線だから、導き出す結論は最初からぼんやりと見えていることもある。 だからと言ってそこに辿り着くのが容易い訳ではないし、見えているからこそ遠回りをしてしまうことも多かった。 そしてその道は私にしか見えないから、一人でひたすら悩むことになる。 一概には言えないけれど私の思考は男性的で、ある意味単純なのかもしれない。 それなら、話す過程で男性には納得されるけれど女性受けが悪かったのも頷ける(笑) |
| 気になる存在 |
今日トーク番組を見ていたら、司会の古館一郎がおもしろい表現をしていた。 ペットショップで、ある猫に魅せられ何度も通うゲストに、「合法的なストーカー」と言ったのだ。 おぉ!まさに私のこと(笑) 以前ここにも書いた自宅近くのペットショップにいる柴犬。 その後何度か通ったけれど未だ飼い主が現れないらしく、ケージの中で静かに毎日を過ごしている。 ちょっとづつ育っているその犬は今5ヶ月になったところ。 かわいらしさは変わらないけれど、もっと小さな柴犬がいれば自然とそちらを選ぶ人が多いのだろう。 新顔の犬たちは次々と入れ替わってる。 早く飼い主さんに巡り会って欲しいような、会えなくなるのが寂しいような。。。 うん。やっぱり早くやさしい飼い主さんに出会って欲しいな。 そして、うんと幸せになって欲しいと思う。 |
| 問題なし |
今話題の「中川家」って、最近知った。 ちょっと前に兄の極秘結婚がニュースになり、今度は弟の暴力事件。 売れ始めたタレント(スポーツ選手も)が天狗になっていざこざを起こすってよくあるパターンだけど、 今回は芸能関係者がかなり同情的なコメントをしているのが目立った。 なんでも普段は非常に礼儀正しくおとなしい人なのだそうだ。 お酒の勢いでうっかり度を越えたのか。 単に女性が騒ぎすぎなのか。 自分で書いておいてなんだけど、全く興味ナシ(笑) ところで芸能界のご意見番って、なに? 何かあるとここぞとばかりに無責任に話しまくっているけれど、得意になって話せば話すほど薄っぺらさが露呈されてないか? 最近ではこんな時にしかお目にかからない、存在すら薄っぺらになった某夫人や某ハデハデ歌手もいる。 新しい情報には疎い私でも、こんな情報には取り残されても微塵の不安も感じないな〜 みんなもそうだと思うけどね。 |
| 武器 |
私は派遣会社に登録し、そのままその派遣会社に派遣されるという形態で働いていたことがある。 そこでの仕事は登録希望者の最初のスキルチェックで、ペーパーテストと面接を行っていた。 その後、企業からの依頼により登録者の中から紹介するスタッフの選別を行う。 膨大な登録者はスキルによって様々に分けられる。 その中から依頼に合ったスタッフを選ぶのは、正直言って責任が重かった。 企業にもスタッフにも満足してもらえるかなんて、始まってみなければ見えてこない部分も少なくない。 この作業には自分なりのしっかりとした基準が必要になる。 企業からの要望や仕事内容などいろいろな条件はあるけれど、 遅刻・欠勤が多いスタッフは敬遠するし、正当な理由なく仕事を放棄したスタッフには2度と紹介はしなかった。 こういうスタッフは本当に困る。 紹介する派遣会社の人間としてではなく同じスタッフとして。 かわりに派遣されるスタッフはより厳しい目で見られるので不要な負担が増し、結局は他のスタッフの足を引っ張ることになるのだ。 表立ってではないけれど、年齢制限をする企業も多い。 職場の年齢層にあわせてとは言うけれど、同じ仕事ならばやはり若い女性の方が良いんだと思う。わからないでも無い。 だから30代になると徐々に仕事は減ってくる。 もちろん能力や実績による個人差は大きいので、安心して紹介できるスタッフは多少年齢があわなくても自信を持って企業に紹介できる。 私は20代後半になってから派遣登録をしたので、十分な実績もないまま30代になった。 特別なスキルがあるわけではないので、いつでも「何でも頑張ります」というスタンスで仕事をしてきた。 通常派遣契約の場合は「入力」「経理」「営業」「一般事務」など職種で契約するので、 その範囲内の仕事しか行わないという考えの人もおり、それは認められている正しい言い分になる。 でも私は契約がユーザーサポートでも新入社員教育担当でも、オフィスで必要であれば雑用を含めどんな仕事でも受け入れてきた。 こんな不景気な時代。職も競争。 若い人なら選択肢も多いけれど、年齢によってさらにハードルが高くなる。 これからは「何でも頑張ります」だけではなく、「これがでます」その上で「何でも頑張ります」が必要なのかなって思う。 頑張るだけなら誰でもできる。 年齢というスタート時点でのマイナス要素を抱え、その上で何ができるのかが必要不可欠な条件になってくると思う。 もっと勉強しないと。 自分の武器を手に入れたい。 新しい年を迎え、新しい年度が近づく今がその時なのかなって、最近感じる。 |
| おまけ | ||||
食玩ってご存知ですか? おまけ付きお菓子の名称です。グリコのおまけ付きキャラメルをイメージしていただければわかりやすいと思います。 最近ではお菓子ではなく「おまけ」の方が主役に踊り出ていて、 しかも本来のターゲットである子供よりも、大人の方が夢中になっているそうです。 有名なのがフルタ製菓のチョコエッグ。卵形のチョコレートの中におまけが入っています。 一昨年のペット動物シリーズでは海洋堂がフィギュアの制作を担当し、細部までリアルなおまけが人気を呼びました。 このペット動物シリーズは私もセキセイインコ目当てでせっせと買い求め、数十個目にようやくゲットしました。 これ、すっごくかわいいの♪ それ以降特に興味は無かったのですが、最近またはまってしまったのがカバヤ食品の「子犬物語」。 粒チョコに精巧な子犬のミニフィギュアが付いていて、犬好きにはたまらないおまけなのです。 現在20種類中14種類を集めたところなのですが、すでに次のシリーズが始まったため商品が品薄で停滞中です。 子供のおもちゃにとどまらない本当に見事な作りで、逆に子供にはリアルすぎるかなと思うほど。 希望小売価格150〜180円のお菓子に、よくもこれだけクオリティの高いおまけを付けられるな〜と感心します。 ちなみにお菓子もちゃんと食べていますよ。苦手なチョコレートですが。。 買う時も一日3個までと決め、お菓子が5個以上たまったら食べ終わるまで買いません。 糖分は脳の貴重なエネルギー源ですから、多少身体が重くなったって。。ねぇ。。 時には「疲れてるんだから甘いもの食べたほうがいいよ」と、主人に過度な栄養をつけたりもしています(笑)
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| ステージ上では |
不景気を実感するひとつに無闇やたらの飛び込み営業がある。 私の会社は社員が少なくその分皆忙しいので、基本的に全ての来客は私が対応する。 来客は多くないし半分はこの手の営業なので、断り上手という理由もある(笑) 事務用品・資産運用・金(ゴールド)商品・訳のわからない雑貨・地元密着の信用金庫・証券会社etc 全く必要の無い用件が多いので、入り口で全てお断りする。 私の口ぶりである程度で察して常識の範囲で引き下がってくれれば、私の心の声も「お互い仕事ですからね」で解決する。 新人さんよりもベテランと思われる人の方がやはり察しは早いし、こちらが不愉快になることも少ない。 「無断でオフィスの中まで入り込まないこと!」これが私が穏やかに対応する必要最低条件かな。 私はお金系の業務が非常に苦手なので、通常の5倍(なぜに5倍?)くらいの神経を要する。 そんな時にず〜ず〜しくずかずかと勝手にオフィスに入り込まれると、さすがにむっとするので、そんな時は情け容赦なく追い出してしまう(笑) 先日「社長様とお約束です」という来客が突然やって来た。 社長は時折来客の予定を私に伝え忘れることがあるけれど、でも今社長は来客中。 「少々お待ちくださいと」伝え社長に確認しようと戻りかけたところで、なんとその男性はずかずかと入り込み、 来客中の社長に向かって「運営資金に関するご相談に乗ります」と名詞を差し出したのだ。 他の客の目の前で。。しかも資金に関して。。 あるまじき非常識。 つまみ出そうとした私より一瞬早く、「何なの?用無いから帰ってよ。だいたいアポイントも取らないで、なに?」 うちの社長は滅多に怒らないけれど、あまりの無礼にかなりご立腹だった。 不愉快な相手でもそれなりに敬意をもって対応しているのは、同じ仕事を持つ同士として最低限のマナーだと思っているから。 ビジネスというステージでは常に相手を尊重して然るべき。 仕事とは商品を紹介するだけでは無いこと、若いからや新人だからで許される無礼なんて存在しないこと位、事前研修で教えておいて欲しいものだ。 断る際に特に気になるのが、その会社のバックに怪しい社会が関係していないかどうか。 これはさすがに怖い。。 怪しい会社・危険な会社ランキングなんてサイトもあるので、今度じっくり目を通しておこうと思っている。 |
| 予習と復習 |
嫌なことの後には楽しいことが待っている。 私はいつもそう思うようにしている。 でも実際はそんなに上手い話ばかりじゃないから、 楽しいことの後には時には嫌なことが襲ってくると覚悟することで、つじつまも合わせている(笑) 嫌なことが降りかかった時には「次は楽しいことがあるから」って頑張れるし、 楽しい時には他のことなんて考えていないから、結果として私の頭の中はいつも楽しいことで一杯になる。 そしてその大部分は旅の予習復習が独占状態なのだ。 頭の中だけで旅した国は、いくつあるだろう? 10は優に超えているだろうな〜 そのひとつひとつをこれから自分の足で確かめて行きたいと思っている。 想像していた通りだな、とか、本当はこうなんだな、とか。 本やTVでしか知らなかった、ついさっきまで思いを馳せていた景色に出会い、 現地の方に本当の街の顔を教えてもらう。 いつだって旅はそんな確認作業の繰り返し。 たくさんの事を教えてくれるガイドブックが予習なら、この旅日記は旅の復習。 そしてこの復習は次回の旅行の予習にもなっている。 このサイトが少しでも皆さんの予習のお役に立てると嬉しいな。 |
| 代表の条件 |
豊郷町長のリコールが成立した。 この件はニュースの範囲でしか知らないけれど、当然の結果だと思う。 現校舎の文化的価値や新校舎の必要性など様々な問題が存在するけれども、 私が一連のニュースを聞いていて感じたのは、何故解体作業をあれほど急いだのか?という疑問。 仮処分決定を無視し住民との約束を見事に反故にした行為に対する説明は、とても責任ある立場の人間の言い分とは思えなかった。 「建物の老朽化による安全性の問題がある限り、校舎として利用する事はできない」という元町長の主張自体は、 相応の根拠(専門家の判断など)があれば間違っていないと思う。 でもそれが、イコール現校舎の解体には繋がらないと思うし、強く保存を望む町民の意見を無視する必要性が見えてこない。 現校舎で授業を続けることが必ずしもベストとは言い切れなくても、誰の目にも不可解な強行だった。 町民の代表という立場を考えれば、どんな事でも根拠を示し同意を得た上で実行するのが正しい姿じゃないだろうか? 本来民主主義とはそういうものだと思う。 説明責任を果たさずに正当性を主張したところで、そんな理論は空回りをするだけ。 これでは何か別の力が働いているのではないかと思われても仕方がない。 元町長の実績・能力などの具体的な知識の無い私には今後のベストな選択はわからないけれど、 プロセスを踏まずに強行した独裁行為の責任は取ってもらわなくては困る。 リコール成立後、出直し選への出馬表明をしたとか。 政治生命をかけて重要な政策課題を主張するともコメントしているようだけど、 先の一件で本当に町民の利益を最優先しているのか基本姿勢に疑問が残る中、 すでに町民の代表としての役割を果たしていない人間の言葉にどれほどの説得力があるのか甚だ疑問。 そんな人間に町の未来を託せるのか? |
| 二人三脚 |
手に職を持つ私の父は、結婚後間もなく新潟から東京へ移り商売を始めた。 仕事に誠実な父は着実に売上を伸ばし、家を建て、高額な機械を購入し、私達家族を養う人生計画を一歩一歩進んでいた。 母と二人三脚で作り上げた幸せだったと思う。 そんな時ある事情で軌道に乗っていた商売をたたみ、新潟に引き返すことになった。 それからは大変な苦労が続いた。 父は自営業以外に掛け持ちの仕事を持つことになった。 私達とは生活サイクルの異なる父と顔を合わせる回数は非常に少なく、たまに一緒に居てもいつも疲れている顔しか記憶の中にはない。 そんな生活は私達姉妹が社会人になってからもしばらく続いた。 老後は新潟の家でゆっくり送るものだとばかり考えていたある日、突然両親が東京に引っ越してきた。 意地っ張りな父は何も言わなかったけれど、東京に嫁いだ私と姉を追いかけての上京なのだと思う。 何の相談も無かったので最初は驚いたけれど、父の相変わらずの行動力が逆に嬉しかった。 父にはいつまでも強い人でいて欲しい。 声が大きくて怒りっぽくて厳しかった父を、私はずっと尊敬していた。 馬鹿みたいに正直で近道なんて探そうともしない父の不器用さが、何より私を安心させてくれていた。 母との二人三脚に、私達が加わり、そして離れ、また加わる。 いつだって強い父が私達の前を歩きながら、背中越しに大きな声で怒鳴っていて欲しい。 父が私に向ける厳しい言葉は父なりの愛情の裏返しだと気付くのに30年近くかかったけれど、 私が父に向けるそっけない言葉の数々が娘なりの甘えだと理解してくれるまでに、あと何年位かかるんだろう? きっと時間かかるんだろうな。似たもの親子だから(笑) |
| 家庭の中心 |
NHKのプロジェクトXでアンコール放送された「妻に贈るダイニングキッチン」を見た。 昔の日本の住宅は、北側の日のあたらない一番寒い場所が主婦の仕事場だった。 家族団欒の場である居間から離れた寒い台所で、ひとり冷たい水で洗い物や洗濯をこなす。 古い住宅にはそんな面影を残しているものも多い。 昭和30年、爆発的な住宅需要の高まりを受けて設立された住宅公団で設計に携わった尚氏によって、 日のあたる南側に家族団欒のスペースであるダイニングキッチンを作るという新しいアイデアがもたらされた。 個数が大前提である当時の住宅供給においては一戸あたりのスペースにこだわることができず、 必要最低限のスペースとコストの中でのせめぎ合いになった。 自身がバラック住宅(2つの居室に台所とトイレ)から転居し整ったキッチンに喜ぶ妻の笑顔を励みに、 数々の難題をクリアし作り上げた理想の住居が、当時人気を集めた「ステンレス流し付き公団住宅」だった。 隙間風の吹き込む台所で寒さのあまり足踏みをしながら洗い物をしている妻の姿を見て、 妻を思う気持ちが生み出した当時としては突飛なアイデアは、今の日本の住宅の基礎となっている。 その後順調に出世しながらも、 「人様に狭い家しか提供できない自分が、広い家に住むことはできない」と、生涯住まいを移らなかった尚氏。 自分の上を見ることしかできない私達現在人の遥か上を見据えていたこの時代の大先輩は、 家庭の主役は家族であり、その中には常に主婦がいるという当たり前の生活を実現してくれた。 |
| たとえ子供でも |
小学校では「読書感想文」が長期休暇の課題になる事が多い。 私は読書が好きだったし文章を書くことも苦にならなかったので、読書感想文は好きな宿題だった。 小学校5年生の時に書いた「十五少年漂流記」の感想文が、学校の代表として地元新聞社のコンテストに応募された。 この本は、無人島に漂着した15人の少年達が知恵をしぼり団結して生活することで成長していく姿を描いたもの。 この物語の主要な人物に、リーダーとして皆をまとめる「ブリアン」と、 ブリアンにライバル意識を持ち和を乱す行動の多い「ドノヴァン」という少年がいた。 その2人を通してこの物語から学んだことを自分なりにまとめたシンプルな感想文だった。 応募された自分の感想文を見て、驚いた。 この物語から学び今後へ活かそうとまとめたラストの部分が、そっくり変えられていた。 「皆に信頼されるブリアンになれるように頑張りたい」とまとめた部分が、 「今の自分を考えるとブリアンにはなれそうも無いので、皆に迷惑をかけるドノヴァンにはならないように頑張ろうと思う」に。 応募に際して教師が多少手を加えるのは珍しいことでは無いのかも知れない。 でも自分が学んだことを述べた感想文の主軸を変えられてしまっては、もうこの感想文は私のものではなくなってしまう。 この感想文は入賞した。 でも私は少しも嬉しくなかったし、誉められれば誉められるほど深く傷ついた。 |
| つぼみ |
仕事で銀行の窓口に行った。担当者はまだ若い女性だった。 登記簿謄本を提出し処理を待っていると不慣れなのかかなり待たされたが、 カウンターの向こうで一生懸命書類を睨み付けている姿を見て、思わず微笑んでしまった(笑) 用件が済んだので帰ろうしたら、「あの〜」と突然話し始めた。会社の登記内容のことについてだった。 うちの会社の登記はちょっと変わっているのだけれど(詳細は省く)、登記上問題ないのでそのままになっている。 銀行は性格上細かいところまで非常に細かいので(笑)、義務ではないけれど推奨という意味でその変更を勧めてきた。 多分上司か誰かに言うように指示されたんだろうなと、推測。 ほっぺを真っ赤にして、言葉を選びながら一生懸命私に説明する。 今までの処理でも「いっぱいいっぱい」だったのに、さらにその度合いが上昇してしまった。 彼女の言っていることは正しいし、よ〜くわかるのだけど。。 ひと通り話を聞いてから、 「でもこの変更があった際にこちらにお伺いして、全て事情をお話して承諾いただいたので、問題ないと考えていますが」と言うと、 「あっ、はい、そうなんですが、何分大きなお取引の時などに、いろいろと、問題になることもありますので、、もごもご、、」 可哀想になってしまったので、「そうですね。それではもう一度検討してみます」と譲ったら、 「はい。よろしくお願いいたします」と救われたような表情になった。 まさに「初々しい」という言葉がぴったりの、好感の持てる女性だった。 たくさん緊張して、たくさん失敗して、成長していくんだろうな〜 頑張って欲しい。 |
| みんな同じだった |
↑上の彼女と話して、自分を振り返ってみた。 社会人になったばかりの頃は電話に出るのもとても緊張した。電話のベルが鳴ると心臓がドキっと反応するくらい。 相手の声が良く聞き取れなかったらどうしよう。 上手く話せなかったらどうしよう。 最初の一ヶ月は仕事が終わると、もうクタクタだった。 小さな失敗も、大きな失敗もたくさんした。 ちなみに今までで一番冷や汗ものの大失敗は、伝票に実際の支払額より「0」をひとつ多く書いてしまい、 何故かそれがノーチェックで相手先に振り込まれてしまった時。 300万円が3000万円振り込まれてしまったのだ。 気付いたのが伝票を提出した翌日。 通常はこの額だと経理でチェックが入るはずなのに、ミスが重なり既に振込まれてしまっていた。 相手先にお詫びし返金してもらい解決したけれど、この時は本当に焦りまくった。 この件ではあちこちに頭を下げて回ることになった。 自分のミスなのでそんなことは何でもなかったけれど、 私を信頼して承認印を押してくれた上司の信頼を裏切ってしまったこと、そして迷惑をかけてしまったことが、一番堪えた。 最近はと言うと、さすがに失敗も減ったのか、それとも心臓に毛が生えてしまったのか(笑)、 仕事を「する」というよりも「こなす」ことが増えているような気がする。 これじゃいけないな。改めて気を引き締めないと。 仕事においての一番大切な初心を彼女に教えてもらった気がする。 |
| 周りを見渡せば |
人が頑張る姿って、とても好き。 懸命に挑んでいる人の目からは、澄んだ強さを感じる。 そんな人を見ると、単純な私はすぐに影響を受ける。 「よし!私も。」と思う。 他人から刺激を受けると、本来の道すじには無い事や普段は気にもしない事にも興味が湧いてくる。 そしてそれが自分には欠かせないものになったり財産になっていたりする。 一人の世界なんて、ちっぽけなもの。 誰から、何から、何を感じ、どんなことが学べるのか。 そんなきっかけは、駅の階段やいつもの大通りに転がっていたりする。 |
| 限界を決めるのは |
以前から漠然と考えていた「自分の武器を手に入れる計画(仮)」が今日から始まった。 今やってみたいこととは違うけれど、 将来やりたいことの為に必要で、理想としている生活を送るためにも役立つこと。 そしてその中で一番興味のあることを慎重に選んで決めた。 現時点では三年計画のこの学習生活。 予定通り頑張れば、三年後にはそれなりに満足な状態に達しているはずなのだ。 楽天家で完璧主義な私は(笑)、無理なく無駄なく常に努力が必要な状態を維持する計画を立ててみた。 しかし継続的な勉強や試験はずいぶんご無沙汰だけど、大丈夫なのか? >私の脳細胞。 私のテキストを見て、なにやら興味を示した主人。 冗談で「一緒に勉強してみる?」と言うと、まんざら嫌ではない様子だった。 ムムム、学習能力的にはかなわない。。 でも脳細胞は私の方が、う〜んと若いんだゾ。どうでもいいケド。 この件で楽天家で完璧主義で(しつこい)元来負けず嫌いな私は、更にやる気になった。 今日から、いや今から頑張ろう。 三年後の自分に感謝されるような三年間を目指して。 |
| 構図の中で |
先日美容院で旅行の話をしていた時に美容師さんが何気なく言った言葉が今も耳の残っている。 「私達は子供の頃からアメリカ寄りの教育をされている」 敗戦国である日本の歴史や現在の国際的立場を考えれば、 あらゆる意味で重要国であるアメリカが私達の生活に大きく入り込むのは必然だろうし、 義務教育に英語があること、ニュースを含め様々な話題でマスコミへの露出頻度が圧倒的に高いことなども、 アメリカを身近に感じ生活している要因なのだと思う。 対して中東の国々への私達の理解は浅い。 宗教に基づいた独特の理屈は、特定の宗教を持たない日本人には理解が難しいことが多く、 加えて一昨年のテロ以降、テロリストとの関わりなど周辺国の裏の部分がクローズアップされたことも、さらに理解を難しくしている。 反米感情が根付いている国では生まれた時からアメリカと戦うために生きるのだと教育されているというから、 私達日本人はその正反対に位置している。 世界で唯一の超大国アメリカ。 アメリカ一国に起因するわけではないけれど、現大統領が就任してからは世界中で争いが絶えなくなった。 そして確実に世界的な孤立を深めているような気がする。 |
| いつの間にか |
昔は飲み会に行くと2次会はカラオケがお決まりのコースだった。 カラオケボックスが大ブームの頃に新社会人となり新宿の会社に勤めていた私は、例に漏れずカラオケ大好きで、 会社のそばの雑居ビルにあるカラオケボックスによく通った。 夜10時以降は部屋代が3時間1000円となり当時としてはかなり安かったので、 特に仲の良い同期と2人で明け方まで歌うことも珍しくなかった。 朝まで歌い歩いて私のアパートへ帰り(当時私は新宿に住んでいた)、1〜2時間仮眠&お風呂に入って出勤。 若かったとはいえ、よく体力があったよな〜と今更ながら思う。 今や2児の母の彼女は私よりひとつ年下で、ずっと妹のように可愛がっていた。 終業のチャイムが鳴ると「一緒に帰ろう」と私の机まで迎えに来て待っていた彼女。 結婚し母となった彼女が子供を叱る姿を見て、何故か不思議な感じがしたのを覚えている。 親が子の成長を実感するのは、こんな瞬間なのかも知れない。。 って、私がしみじみすることじゃないんだけどな(笑) |
| 根拠として |
サイパン旅行はキャンセルした。 初めてのサイパンだったのでいつもの旅行以上に楽しみにしていたけれど、 「何かに思いを残していては旅行は楽しめない」という自分の性格からキャンセルした。 あの澄んだ海を求めて、是非また計画したいと思っている。 今回のように戦争や台風が旅行催行に影響を及ぼすと、掲示板では、 「こんな事態なのにキャンセル料を取るなんて」という旅行会社への不満がよく見られる。それに対して、 「台風や戦争は免責と旅行条件に書いてある」との反論がされる。 そこから決まったように掲示板は荒れていく。 旅行を控え決めかねて悩む人達が同じ立場の人の意見を参考にしたい、情報交換したいと書き込んでも餌食になるだけ。 楽しいはずの掲示板が一部の裏の顔を持つ人達に占領され、情報交換から攻撃の場に変わってしまう。 私の個人的な考えは、少しでも不安要素があるのならきっぱり諦めるのが一番だと思う。 でもいつでも自由に旅行できる人ばかりじゃないから、ようやく休みを取り実現した旅行なのかもしれない。 何ヶ月も前から、何年も前から計画し、費用を貯め、楽しみにしていた人だっているだろう。 残念で諦め切れない気持ち。せめてその思いを吐き出し、また共有して自分を納得させたい人の何がいけないのか? 旅行会社はどんな時でも100%の安全を保障して催行することなんて無いのだから、最後は自分の判断。 楽しいことばかりでなく、こんな時にこそ有意義な情報交換が行われて欲しい。 ただキャンセル料に左右され判断が鈍るのは、大変危険だと思う。 私は旅行費用を全額支払った時点で、たとえその旅行に行けなかったとしても費用は戻らないものと思っている。 自然災害でも、国際情勢でも、個人的な事情でも、それは旅行の仕組みのひとつだと考えているから。 旅立つ人を無理に引き止めるつもりは無いし、不謹慎だとも思わない。 どんなことを根拠に判断するにしても、金銭的な理由が最優先に引き出される危険だけは声を大にして防ぐべきだと思う。 |
| 錯覚 |
私は毎日駅の自転車置き場を利用している。 いつも余裕を持って駅に到着するので、前の電車にギリギリ飛び乗る人と自転車置き場で一緒になる。 この自転車置き場は2階の奥はいつもガラガラ。 それでも急いでいるのか、通路などの指定以外の場所に平気で自転車を置いていく人は多い。 それ程広い訳ではないので、きちんと停めている自転車を出す時に邪魔になることもある。 以前自分の自転車を取り出すのに邪魔になった通路に置いてある自転車を、思いっきり蹴飛ばしている人を見かけた。 確かにいけない事だけど、気持ちはよくわかる。 「満員の車内では携帯電話の電源を切ってください」 「リュックは網棚に乗せるか手で持ってください」 「ドア付近のお客様はスムーズに乗り降りできるようにご協力ください」 毎日聞く電車内のアナウンス。 そんな事言われなければわからないのだろうか?と思うけれど、嘆かわしい事に言われてもわからない人が多い。 他人の背中に突き刺すように携帯を見る人、雑誌を読む人。 他人の頭の上で新聞を読む人。 逆恨みや切れる人への不安が声をあげることを躊躇させ、 そして守らない人のあまりの多さに、守ることが常識「外」のような錯覚をおこさせている。 |
| 思いは同じ |
私は今の日本政府の判断を概ね支持している。 決して戦争を支持するという意味ではなく、争いごとなんて無いに越したことはないと誰もが願っているはずだから、 反戦を掲げ懸命に声をあげている人達と思いは同じだと信じている。 理解できるのはアメリカ政府ではなく、あくまでも日本政府の判断。 もっと道は無いのだろうか? 私たちの国の選ばれた精鋭が切り開く道は、これが限界なのか? 一方何かにつけ「責任を取って辞めるべきだ!」と、声を張り上げる某野党党首。 それしか言えないのか? それしか言えないんだろうな。。 今あなたが政権政党の党首日本国の総理だったらどう判断するのか? 是非聞いてみたい。 その奇麗事ばかりの発言が、何かを動かせるのか? |
| 健康だから |
毎年決まったように悪化させていた冬場の風邪。 今年は努力の甲斐あって、巷のインフルエンザの猛威からも何とか逃げ切ることができた。 菌と戦うためにせっせとビタミンを補給し、帰宅時のうがいを徹底し、 食事内容や部屋の乾燥に一際気を付けていたのも良かったみたい。 夫婦で互いに「ビタミン剤飲んだ?」「うがいは?」とチェックしあって、気の抜けないシーズンだった(笑) 健康にはいつも気を付けてはいるけれど、旅行が近づくと更にその気持ちも高まる。 せっかくの旅行を楽しく過ごす為の体調を整える工夫は、旅行を経験するごとに少しずつ増えていった。 いつも間にかその工夫が自然と身につき普段も意識するようになって、 元々それ程強くなかった私も身体も、ようやく人様並みに機能するようになってきた。 歳を取ってからの方が明らかに抵抗力も持久力も上がっている。 若い頃がそれだけ不摂生だったってことなのかな?? 健康だから、ご飯がおいしくて、旅行が楽しくて、太陽が気持ちいい。 健康であることの有難さを実感するのは、こんな普通の時。 次の楽しみに向けて、一層気を引き締める毎日です。 |
| ベース作り |
最近よく感じるのが、何かを判断する時には自分の中のベースが必要不可欠だな、ってこと。 些細な事でもベースになるものが無ければ基準が曖昧になり、結果的に不満を残すことになる。 このベースを作るにもやっぱり基準が必要で、それは経験によって身につくことが一番多い。 今までで決断するのに一番苦労したのは、家を買った時。 家を買うなんて初めてだから自分の中のベースどころかノウハウすらわからず、 メーカーに関しての情報やローンの組立など、ありとあらゆる情報を集め判断した。 この高い買い物で得た経験は、現在のいろんな場面でのベースを作る際の基準になっている。 情報も生き物だからその変化について行けないこともあるけれど、 その時点で自分にできる100%をやり尽くしていれば、たとえ見落としていた事があったとしても悔いは感じない。 一方途中で嫌になって「もういいや〜」の結果がこれだと、自分に対して猛烈に腹が立つので、 自分が怖くてその選択肢は無いに等しい(笑) しかしこの時は悩んだな〜 とにかく悩む悩む。 何をそんなに悩むことがあるんだろうというくらい、毎日考え込んでいたような気がする。 納得のいく検討の結果無事家を手に入れた時には、感無量だった。 本当に燃え尽きたけど。。 |
| 大切な記憶 |
「ダメ、ダメ」と思いながら、やっぱり見てしまった。。。 「どうぶつ奇想天外」の2時間スペシャル。番宣を見て「これはダメだな」と思っていたのに。。 私は動物ものにとっても弱い。自分でもビックリするくらい物凄く弱い。 普段はめったに泣かないのにTVに映し出される健気な姿を目にすると、あっという間に涙があふれてくる。 だからいつもは動物ものの番組は見ないようにしているのだ。 この時の特集で、リタイアウォーカーのお宅で過ごしている元盲導犬の紹介があった。 10年間盲導犬として仕事を全うし、今はボランティアの家族とのんびり余生を送っている。 犬も病気になればボケることもある。老犬は体力の衰えと共に記憶までも失ってしまうのだという。 その元盲導犬のご主人(ユーザー)であった視覚に障害をもつ女性が、 記憶が消えてしまう前にもう一度逢いたいと現在の飼い主に申し出て実現した。 既に14歳の老犬の目に覇気はなく、体力の衰えは一目瞭然。普段の散歩でも後ろ足を引きずるようにしてゆっくり歩いていた。 しかし以前のご主人宅そばの当時の行動範囲に降立つや、まるで別人のようにしっかりとした足取りで以前のご主人宅へと歩いて行った。 対面の時は、リードを外されるとまっしぐらにご主人に向かって走って行き、しかし目前でスピードを落としゆっくりと横から近づいて甘えていた。 恐らく盲導犬として、そう教育されていたのだろう。 盲導犬として活躍していた頃の片鱗を見せ付けられたような気がして胸が熱くなった。 かつて共に生きたご主人を、この老犬は少しも忘れていなかった。 以前盲導犬育成に協力的な会社に勤めていたことがあり、(財)日本盲導犬協会から活動内容などの通信が定期的に送られてきた。 盲導犬を育てるにはたくさんのお金がかかる。通信にもやはり寄付を促すお願いが多かった。 多額の寄付はできないけれど私もコンビニや書店のレジ横に盲導犬協会の募金箱を見かけた時には、少しでも寄付するようにしている。 私達にできる事は寄付だけではない。条件をクリアすればパピーウォーカーやリタイアウォーカーとしても協力できる。 ただ普通に犬を飼うよりも、ずっとつらいことが多いと思う。 犬を飼った経験の無い私には今は現実的には考えられないけれど、もし状況が許し決心がつく時が来たら、申し出たいと思っている。 (財)日本盲導犬協会 http://www.jgda.or.jp/ |
| 引き金 |
米英日では開戦後、反戦派は半数にまで減った。 これは戦争支持とは異なり、始まってしまった以上被害を最小限に抑え解決して欲しいとの願いからなのだと思う。 圧倒的な戦力を誇る合同軍に戦いを挑むイラク軍。そんな構図でこの戦争は伝えられている。 今や女性を含んだ民間人までもが武装し、決意を新たに銃を掲げる女性の姿が大きく映し出されていた。 また民間人を装い奇襲を仕掛ける戦法を得意とする部隊もあるという。 民間人への被害を強調するイラク側。 しかしそれは善良な民間人を装った兵士だったのかも知れない。 私達が目にするのは結果であって、その前後は誰にもわからない。 しかし結果、怪我を負った民間人が映し出されると非情な行為だと非難がおこる。 たとえ民間人であろうと銃で攻撃を仕掛けられたら、反撃せずにどうするのか? 武装し攻撃を仕掛けた時点で、その人は民間人では無くなってしまう。それが戦場だと思う。 善良な民間人への被害を食い止めたいのなら、今すぐに武装させるのを止めたらどうなのか? そうしないのは民間人を楯にし、世論を味方にし、攻撃の手段として民間人を利用している証拠ではないのか? あえて国民を危険にさらし、国民の命でたった一人の独裁者の名誉を守る。 圧倒的な戦力で制圧を続ける合同軍が悪だというのならば、 勝ち目の無い戦いへ善良な民間人を駆り出す独裁者は正義なのか? 長い年月をかけて戦争への引き金を引いたのは独裁者であるということを忘れてはいけないと思う。 悪戯に繰り返される情報戦。 私達はその中に巻き込まれていいのか? |
| また、いつか |
今回の戦争の影響でサッカー日本代表のアメリカ遠征が中止になり、その代わりに日本で親善試合が行われる事になった。 対ウルグアイ戦。この試合のため、私が今一番お気に入りの選手が来日する。 「これはもうスタジアムに行くしかないでしょう!」と、最初は鼻息も荒かったのですが、試合は金曜日。 仕事を終えてから駆けつけると、試合開始ホント〜にギリギリになってしまうし、 しかもその時間のスタジアム周辺は物凄い混雑が予想されるので、下手したら間に合わない可能性もある。。 試合前からバタバタして落ち着いて観戦できないんじゃ、行く甲斐ないし。。 と悩んでいる間に、チケットは販売開始から90分で完売だと(笑) まぁこれで大人しく家で観戦すると、諦めがついた。 スタジアムで臨場感を味わうのも楽しいけど、座席によっては全体が見えなかったり落ち着いて観戦できなかったりで、 実は「試合を観る」という意味ではTV観戦の方が良かったりするのです。 でもやっぱり生で見たかったな、という気持ちもちょっと残っていたりして。。 とても素敵な選手なのです。 私は海外サッカーはスペインリーグばかり見ていたのですが、日本選手の移籍がきっかけでここ数年セリエAも見るようになり、 特別ひいきのチームではなくぼんやり見ていた試合で、目を引く選手でした。昨年のW杯でも活躍したんですよ。 いつかイタリアでサッカー観戦したいな〜 でもその前にまたいつか来日してくれないかな。そしたら絶対行くんだけど。 一番いい席取って(笑) |
| バッサリと。。 |
美容院が苦手な私は、一度お願いして気に入った所を見つけるとあまり他のお店へは行かない。 イメージを伝えるのって難しいので、あまり髪形を変えない私は「前回と同じように」でわかってくれる担当さんを作る方が楽。 基本の髪型を決め、あとは全体のバランスや私の顔に合わせて美容師さんにお任せしている。 相手はプロだから、やたら細かく指示してちぐはぐになってしまうよりもかえって安心していられる。 何年か前引越しで新しい美容院を探している時、初めてお願いした美容師さんとの間のこと。 ひと通り希望の髪形を伝えると、 「あ〜高島礼子さんみたいな髪型ですね。今流行ってますからね〜」と言われた。 「ん?ちょっと違うんじゃないか?」と思い、 「でも、高島礼子さんは結構後ろ髪長いですよね。私はできるだけ短くしたいんですケド。」と伝えると、 「はい、わかりました。」と、見事に後ろ髪を長く残してフィニッシュとなった。 鏡を見せられ、やっぱりな〜と思い、「前はこのままでけっこうですので、後ろを刈り上げない程度に短くしてください」と言うと、 この出来にかなり満足していたようで、非常に残念そうに切ってくれた(笑) 切った後の髪形はほぼ私が希望していた通りだったので、その後この美容院が私の行きつけとなった。 後にこの担当さんとこの時の話をしたら、「だって○○さんにはあの髪型の方が似合ってましたよ」と、まだ覚えていた。 かなり残念だったらしい(笑) 美容院を選ぶ時の基準はいくつかあるけれど、 店構えでは、店内が外から丸見えはいや、大きなお店よりもこじんまりと落ち着いたお店の方が好き。 担当さんは、とにかく思い切りのある人が好き。 美容師さんは「思いっきり短くしてください」と言っても、後々のことを考えてなのかバッサリ切ってくれない人が多い。 なので最後に鏡をチェックしてから再度切ってもらうことになる。 今の担当さんは私の性格をわかってくれているのでそんな行き違いも少なくなったけれど、未だに、 「『ごめんなさい、切りすぎちゃいました。』と思うくらい思いっきり切ってください!!」と言うことにしている(笑) |
| 特性 |
子供の頃から親や祖母に「お母さんのお腹の中にお○ん○んを落としてきたみたいだね」と言われるくらい、 私は女性的な特性をあまり持ち合わせていない。 元々活発な性格ではあるのだけれど、それ以外のところにもそう言われる所以があるようだ。 まず「みんなと一緒に」という感覚が無い。 例えば学校の休憩時間などに女の子はよく「トイレ行こう」と友達を誘う。誘われた子も本当は間に合っていても付き合う。 トイレに限らず図書館や教室の移動など、あらゆる時に「誰かと一緒」を好む傾向がある。 私にはそんな感覚が無い。 また職場などの昼食では大抵数人で一緒の行動となるけれど、 私は自分が行きたいお店へ一緒に行く人が居なくても別に気にならなかった。 基本的に一人で食事をすることが苦にならない。 これは子供の頃から一人で食事をすることが多かったからだと思う。 だからと言っていつも人に合わせない訳ではないし、ある意味和を乱すことには人一倍神経を使っていた方だと思う。 私が大学生の頃、高校時代の友達はお正月休みの帰省にあわせて毎年温泉に行っていた。 私は年末年始はバイトに明け暮れ、いつも一緒には行けなかった。 正月に限らずお盆などのみんなが帰省する時期には帰れず、定期的に行われる食事会にも参加できなかった。 大学4年生のお正月、最後の旅行だからと私もお正月休みを取り温泉旅行に参加することにした。 毎年旅行に参加している高校時代の親友に「私も参加したい」と伝えると、とても歓迎してくれて今年の幹事を教えてくれた。 さっそく幹事の友達に電話をしてその旨伝えると、 「う〜ん、でも○○(私)って一度も来たこと無いよね?」と言われ、 「うん。でも今年最後だから、何とかお休み取るよ。」と言うと、 「ちょっと私だけじゃOK出せないから。。みんなの意見聞いてみるね。」と断られた。 なんだ?参加するのに資格があるのか?? > ちょっと納得いかない私。 でも「まぁ、急な連絡だし、仕方ないかな」としばらく待つことにした。したけれど、待てど暮らせど連絡はこない。 再度幹事に電話で状況を聞いたところ、「悪いんだけど、やっぱりいつものメンバーで行くことにしたから」 だそうです(笑) その他の友達は私の参加のことは少しも知らされていなかったと言うので、彼女の独断だったようだ。 彼女はまさに「みんなと一緒」な人。そして「Aグループは誰々と誰々。Bグループは誰々と誰々」と枠にはめる人で、 イレギュラーは和を乱す的な思考の持ち主だった。 これはかなり極端な例だけれど、いい悪いは別として大なり小なり女性にはこんな傾向があると思う。 せっかくなら排他的にならないように和を保ち、少しずつ和を広げられればいいのになって気もする。 |
| 特性2 |
限定的な仲良しグループではなくゼミやサークルなどの大きな単位では、表面的には仲良さそうでも、実は・・・なんてことも多い。 私はその辺は詮索しないし気にしないようにしているけれど、でもいつでも無関係ではいられない。 そんなややこしい関係は、飲み会や食事会などの比較的プライベートな時に顔を出してくる。 順番で回ってくる会の幹事の時、私はいつも全員に声をかけて個人の都合で出欠を決めてもらう。 たとえいつも欠席の人がいても、最初から除外することはしない。それが普通だと思っている。 大学時代、なぜか仲の良くないゼミの仲間のA子とB子。 A子 「B子はさ、前回もその前も来なかったんだから、声かけなくていいんじゃない?」 私 「でも今回は来れるかもしれないよ。2回も来れなかったんだから、逆に来たいかも知れないし。」 A子 「う〜ん、実は私B子って苦手なんだよね。」 私 「あっ、そうなんだ。じゃあ遠い席に座れば?」 A子 「そうだけどさ。あのさ、幹事なんだからその辺上手くやってよね。」 おいおい、幹事ってそんな調整もするのかい(笑) B子はB子で、 B子 「誰が行くの?」 私 「まだわからないよ。前日までに決めればいいから。」 B子 「今の時点で決まってるのは誰?」と、探るようにしつこく根掘り葉掘り。。。 結局「じゃあA子が行かないなら行くよ。」ときた。 他にも同じようにあらかじめ参加者や誘った人を聞きたがる人って多い。 誰が来ても来なくてもいいから、どうにかなんないかな〜 |
| 解かれた自由 |
私は大学入学と同時に体育会のバレーボール部に入部した。 体育会は気楽なサークルとは異なり規律が多く、今まで田舎でぼんやりと生活していた私には驚くことが多かった。 まず練習が始まる前に一旦部室に集合するのだけれど、当然新人は最初に来て後から部室に入る先輩を出迎えなければならない。 その後大急ぎで練習の準備を整える。これに遅れることは許されないので、とにかく毎日焦っていた。 他にも校内で先輩に会った時には、常に男性は「押忍」女性は「こんにちは」と大きな声で静止して言わなければならない、など。 部活動以外の日常の時間でも縛られることが多かった。 中でも様々な理由で開かれる飲み会は新人の男性部員には大きな恐怖だった。 歓迎会や試合後の打ち上げなどで開かれる飲み会には、実に不可思議な決まりがあったからだ。 新人は男女共に先輩にお酌に回るのだけれど、男性は先輩に注がれたら必ず一気に飲み干さなければならない。 お酒が飲めなくても弱くても関係ない。またたとえお酒が強くても楽にこなせる程度ではなかった。 しかし女性には甘く、一口口をつければOKで、飲めない人は飲まなくてもOKだった。 また先輩が煙草を取り出したらすかさず火をつけ、灰皿の具合なども常にチェック。 飲みすぎた先輩の介抱も新人の仕事。しかしこんな状態なので新人男性の方が先にくたばってしまう。 ビール以外の飲み物はなし。おつまみはあっても食べられるはずも無く、みんな空きっ腹で浴びるほどのビールを飲まされる。 会場にはいつも何十ケースもの瓶ビールが用意された。 私達女性が女性の先輩から教えられたことは、隙を見てビールを捨てること。 ビールがある限りこの飲み会は終わらないからだ。 当時はこの決まりを守ることや同期の新人男性をフォローすることで頭がいっぱいだったけれど、 今思うと急性アルコール中毒などの危険は大きかったと思う。 私達は18歳で本来アルコールは禁止の年齢。しかもそれまでお酒などほとんど飲んだことの無い人間ばかりなのだから。 当初30人近くいた同期も、この飲み会に耐えられず1ヶ月で20人にまで減った。 体育会のトップには「幹部会」という組織があり、体育会の全ての部の4年生の中から毎年幹部が選ばれる。 それに添うように女性部員で組織される「女子会」があり、この女子会の幹部は公私に渡って幹部会をサポートする。 部活活動以外の大学内の生活や、時には私生活まで。 一般部員であるはずの私達新人にもその影響は及び、私はその指示に従うことができず退部した。 バレーボールは続けたかったけれど、自分の私生活まで支配されることに我慢ができなかった。 厳しい生活を乗り越えて鍛えられる面や芽を出す才能もあるだろうけれど、 少なくとも私が所属したこの体育会はスポーツに重きを置く組織とは感じられなかった。 スポーツを続けたいがために頑張った半年間。 退部して初めて私は自分で作り出す自由な生活を実感することができた。 |