1.必要最低限
  2.先生人生
  3.込められた意味
  4.合格点
  5.さよならできない
  6.一人一人の善意
  7.大人の役割
  8.海でも一緒
  9.幸せも、悲しみも
 10.記憶と処理
 11.脱・無関心な生活
 12.茜雲
 13.再会
 14.ギャンブルorチャレンジ
 15.似たもの兄妹



必要最低限


私の普段のお化粧は、必要最低限。
職場で失礼の無い程度の薄化粧なので、分厚いファンデーションや濃いアイシャドーやマスカラは不要なのだ。

だからメイク落としも手軽なものを愛用している。
ダブル洗顔なんて面倒だったし、必要も感じなかった。

先日旅行の際に小さくて便利だからと試供品を持って行ったら、これが思いのほか良かったので、
帰国してすぐにその製品を購入し、それからはダブル洗顔を続けている。

もともとトラブル知らずの私の肌だけれど、
この洗顔を始めてからは紫外線の強いこの時期にも関わらず、肌がしっとりとしてきたような気がする。

肌は栄養を与えるよりも、まず汚れをしっかりと落とすこと。

その基本を守り必要最低限から一歩進んだスキンケアを心がけて行こうかな、と、
げんきんな私はその気になっている(笑)




先生人生


株価が最安値を更新しても、
経済が一向に上向かなくても、
それでも支持率が歴代総理を上回っている理由。

わからないのかな〜

それは手ばなして現総理を後押ししているのではなく、
現総理以上にあなた方に期待が持てないという、国民のため息の表れ。

より良い政策をお持ちならば、是非今の頑固偏屈キャラクターを捨て、
内部批判だけでなく私達にもわかる言葉で教えていただきたい。

パフォーマンスだけではダメなことも、
しかしそれも支持されているひとつであることも、
長年の「先生人生」が閉ざした新しい光に対する瞳をこらして、今一度見つめ直されては、と思う。




込められた意味


私は自分の名前を、まずまず気に入っている。
それ程ありふれた名前でもないし、珍しくて目立つ名前でもない。
可もなく不可もなくと言ったらおかしいけれど、
昔から名前よりも苗字や愛称で呼ばれることが多かった私にとっては、それ程こだわることでもなかった。

中学生の時に自分の名前の由来を発表するという課題が出され、初めて名前の由来を両親に聞いた。

父はどうしても男の子が欲しかったらしい。
最初の子(姉)が女の子だったので、二番目の私にはかなり期待していたらしく、
最初から男の子の名前しか考えていなかったそうだ。

ところが私も女の子。
困った父は自分の名前の一文字に「子」か「美」か「代」をつけることにして、一番語呂の良さそうな「美」に落ち着いたと言う。
この時初めて自分の名前がちょっと嫌いになった。

だって、みんなの名前の由来にはお父さんお母さんの愛情がいっぱい感じられる。
私は何て発表すればいいんだろう。。
名簿順に回ってくる発表の日が、どんどん憂鬱な日になっていった。

発表の日、結局私は学校をお休みした。
学校をずる休みしたのは、後にも先にもこの日一度きり。
みんなの前でこの話をするのがどうしても嫌だったし、寂しかった。

私は自分の子供には、自分の言葉でしっかりと説明してあげられる名前を付けてあげたいと思っている。
そして自分の名前の由来を誇らしそうに話すあの時の友達のように、育って欲しいと思っている。




合格点


夕食の準備をしながらTVを見ていたら、久しぶりに田中美佐子さんが出ていた。
私はこの女優さんが大好き。
気取ってないし、かわいらしいし。
今までこの人を嫌いだと言う人に会ったことがないので、きっと多くの人に愛されているんじゃないかな。

TVを見ながら、ふと「こんな人が奥さんだったら、いいだろうね〜」と主人に言うと、「そうだね。」と答えた。
主人はタレントさんや女優さんなどTVの世界の人には関心が無いようだし好き嫌いを言わない人だけど、
田中さんは好きらしい(笑)
よかった。趣味がよくって(笑)

「もし自分が男(女)だったら、自分と結婚するだろうか?」と考えた時、
「そりゃ、するさ〜」と一も二もなく答えられる人ってどのくらいかないるのかな?
自分のことは誰よりも良くわかっているだろうし、人間って自分に似た人に嫌悪感を抱きやすいって聞いたことがあるから、
そんな風に即答できるのは少数のような気がする。

私は多分嫌だな。
だって気性が激しいから自分みたいな人と一緒にいたら疲れちゃう。。
穏やかな人と過ごしたいから、穏やかで温厚な主人のそばが安心する。

私は自分のこと「いい奥さん」とは言えないけれど、
お互いの良い部分を消してしまうような2人ではないから、夫婦としては合格点もらえそうだな。

って、一体誰に貰うんだろうか(笑)




さよならできない


この週末は、夕食作りなしが早々に決定。

日曜日は主人の実家で主人のお誕生日夕食会。今日土曜日の夕食は主人ご飯。
あ〜うれし♪
作るのが面倒とかじゃなくって、人に作ってもらう食事っていつもとは違う味が楽しめるので嬉しいのだ。

特に義母はとても料理上手で、いつも豪華でおいしい食事をご馳走してくれる。
一応私もお手伝いするのです(味をこわさない程度に・笑)
明日は何を食べさせてもらえるのかな〜 楽しみだな。

そこで午後からは本棚の整理にいそしむ。

家は夫婦共に本好きなので本棚には本がぎっしり。
読み終わってもなかなか捨てないので、本棚のスライドが重さで動かないくらいに増えてしまった。
旅行関係の本の中には「○○の歩き方96〜97」なんてものもあるし、
「ドイツ」「メキシコ」「タイ」などまだ行ったことのない憧れの地のガイドブックもあり、しっかりと場所を取っている。

でも古いガイドブックってその時の旅の記録や思い出が詰まっているから、
情報は古くて役に立たなくても、捨てられないんですよね。

と言いながら今回もやっぱりちょっとしかさよならできませんでした。あ〜あ。。



今日の夕食
まぐろの手こね寿司&茶碗蒸し
おいしかった♪



一人一人の善意


週末は主人の免許の更新で、免許センターまでドライブ。
優良ドライバー講習は一時間弱で終了するので、その後併設されている献血センターで献血するのがいつものコース。

主人はAB型と言うこともあり、昔から献血には熱心で機会があればいつも協力している。
私は以前の献血前の検査で「献血不可」とされて以降ずっと控えていたのだけれど、
最近は体調も良いし健康診断の血圧も安定しているので、とりあえず検査を受けてみた。

若干血圧は低いものの「OK」との診断で、生まれて初めて協力することができた。
これだけのことで誰かの役にたてる。そう思うと嬉しかった。

いろいろなものが作れる現代でも、未だに人間には作れないものもある。
血液もそのひとつ。
人間の善意以外に頼るものがない、一人一人の善意が支えている。

「女性ですから4ヶ月くらい間をあけてから、また協力してくださいね。」と、献血手帳を受け取った。
4ヶ月経ったら、また協力しようと思う。




大人の役割


献血センターの待合室に、10歳くらいの男の子を先頭に3人の子供を連れた夫婦がいた。

10人も座れない小さな待合室でイスに本を並べたり、寝そべったり、駄々をこねたり、親の後について献血室に入り込んだり。
献血協力者へのサービスのお菓子をひっきりなしに食べ、ジュースの入ったコップを持ったままうろうろ歩き回り、
仕舞には他の人にぶつかり、こぼしてしまう。
誰の目にも非常にお行儀が悪かった。

それでも両親は見て見ぬ振りなのか、それともその行為が問題ないと思っているのか、一切注意はしなかった。

私は、子供達は仕方がないと思う。お菓子があれば食べたいだろうし、じっとしているのは苦痛だろう。
でもそれを指導しない親を見ると悲しくなる。
どうしてそんな当たり前の事を教えてあげられないのか。。
この子供達は何も知らないまま成長し、やがて恥ずかしい思いをすることになる。

こんな姿を見ると、私は自分の両親や周りにいた大人達に感謝したくなる。
子供の頃は口うるさい親や近所の人達がうっとうしく感じたし、
友達だって同じ事しているのにどうして私だけが怒られるんだろう?って何度も思った。

でも自分が大人になり子供を注意する年齢になった時、
「ここまでなら」と判断するポイントは自分が受けた分かれ目と同じだと気付いた。
みんなが厳しくしつけてくれたお陰で、私は恥ずかしい思いをすること無く成長できたのだと思う。

人は自分が受けた教育(注意)から基準を築く。
しっかりと教えられていない子供が大人になったとしても、しっかりと教えることなんてできるはずがない。
子が親から受け継ぐのは、目に見えるものだけではないのだから。




海でも一緒


旅行記をご覧になった方から、「海やプールの写真は水中用のカメラですか?」とよく質問をいただきます。
昔の旅行記は普通のカメラで撮影しネガを取り込んだものですが、2002年以降の写真は全てデジカメで撮影しています。

家はリゾート大好き夫婦なので、海やプールでは防水ケースを利用しています。
ケースに入れたまま撮影できる優れものです。
これがあるとビデオカメラもデジカメも持ったまま水に入り撮影できるので、と〜っても便利なのです。

ビデオカメラ用の防水ケースは確か5万円位で、これはかなり以前に購入しました。
パナソニックの純正で、今私達が使っているビデオカメラ専用です。
デジカメ用は1万5千円位。これもキャノンの純正で、デジカメを購入してすぐに主人が買ってくれました。

私達は2人で旅行するので、2人で海に入って遊ぶ為には貴重品がネックになります。
1人ずつ海に入って1人が荷物番という考え方もあるのですが、せっかくなら一緒に遊びたいですよね。
それと海には貴重品を持っていかないという考え方もありますが、
私はビーチも撮影したいし、自分が海から眺めた素敵な景色を残したいので、このケースはとても重宝しています。

これがあれば何の心配も無く海でぼや〜と過ごせますよ。
首にかけておけば流される心配も無いし。

以前ハワイへ行った時、海の中でビデオ撮影をしている主人を外国人の男性が不思議そうに見つめていました。
男性が「それはなに?」と尋ねてきたので説明すると、手に持ちながらさらに不思議そうに眺めていました。
香港ではプールの中でデジカメを写していたら、プールサイドの人がじ〜っと私を見つめていたこともありました。
外国ではまだ珍しいようです。

最初は「大丈夫なのかな〜」と思っていましたが、今まで一度もトラブルはありませんので信頼度は高いと思います。
使用方法も私でもできるので(笑)、女性でも大丈夫だと思います。

画像を希望されていたMさんとJさん。こんな画像でよろしいでしょうか?
便利ですので、お勧めですよ♪


     
   デジカメ用防水ケース           ビデオカメラ用防水ケース



幸せも、悲しみも


失って、胸が張り裂ける程の悲しみと向かい合っているあなたにこそ、もっとたくさんの鳥を育てて欲しい。
それ程の愛情を持つ飼い主さんの側で幸せに過ごせる子が少しでも多く、と願っています。

10ヶ月前、最愛のペットだったセキセイインコのチャッピーを亡くし悲しみに暮れていた頃に、
鳥を愛する方のHPで目にした言葉です。

幼い頃にペットを飼った経験のない私に、初めて共に生きる喜びを教えてくれた鳥たち。
その1羽を失うということは、想像以上の喪失感に苦しむ毎日をもたらしました。

それまでのかけがえのない日々から目を背け、悲しみばかりを見つめていた私は、
「こんなに辛い思いをするのなら、もうペットは飼いたくない」と思い始めていました。

この言葉を目にしてから10ヶ月。
悲しみから立ち直るってどういうことなのかよくわからないから、
今でもチャッピーを失った悲しみから立ち直れたのかはわからないけれど、
でも鳥を見れば笑顔になるし、たくさんの鳥に囲まれて生活している人を心から羨ましく思う。

もしまた愛する鳥が私のそばからいなくなったら、と、想像するだけで心臓がドキドキするくらい怖くなるけれど、
でも本当はこれからもずっと鳥と一緒の毎日を送りたいと願っているんだと思う。

安らぎも、幸せも、そして悲しみも、同じようにかけがえのない時間なんだと思えるように私自身が成長できたら、
きっとこの言葉の本当の意味を理解できる時が来るんだと思っている。




処理と記憶


勉強を始めてからよく思うのが、「私こんなに記憶力無かったっけ?」

テキストの区切りで添削があるのだけれど、過去2回とも思うように点が取れなかった。
自分ではしっかりと理解し覚えたつもりなのに、いざテストになると知識が曖昧で自信を持って答えられる問いが少ないのです。

考えてみると、昔は勉強するのが毎日の仕事みたいなものだったから、脳が新しい情報を吸収するのに慣れていたんだと思う。
でも最近は脳は処理することばかりで吸収する機会が減っているから、記憶能力が衰えているんだろうな。
だから覚えられないのかも知れない。

と愚痴ってみました。。




脱・無関心な生活


私は田舎・都会両方で暮らした事があるので、どちらの良い所も悪い所もある程度知っている。

田舎にいる時は近所や周りの人の干渉が煩わしかった。
外では何をしても筒抜けだし、学校での出来事も同級生やその親などからすぐにみんなに伝わってしまうので、
日常生活の行動範囲内では全て筒抜けだと思って生活することになる。
まったく、デートもできやしない(笑)

だから隣近所に余計な詮索をされない都会生活が羨ましいと、ずっと思っていた。

都会で一人暮らしを始めてしばらくは、同じアパートにどんな人が住んでいるのか知らなかった。
ボロアパートだったのでほとんどが男性だったと思う。
隣の住人は全くと言っていい程見かけなかったけれど、
ある日しつこい新聞の勧誘に困っている姿を見かけて、初めて私と同年代の女性だとわかった。
勧誘員を追い返してあげたのが縁で、それからは交流を持つようになった。

彼女は中国からの留学生で私と同じ大学の他学部で学んでいた。
物静かな子で、時折中国のお菓子やお茶をご馳走してくれたり、お休みの日は一緒に食事に出掛けたりもした。

慣れない日本での一人暮らし。
私なんかよりずっと不安が大きいだろうに、彼女はいつも笑顔を絶やさなかった。
片言の日本語での会話はもどかしいこともあったけれど、でも彼女と過ごす時間はいつも安心できる時間だった。

1年後彼女が引っ越してからは、また以前の生活に逆戻りした。
変わった事と言えば、アパートに帰る時間が少し遅くなったことくらい。

私は疲れていたのかも知れない。
ずっと憧れていたドライな関係に。そして誰もが他人に無関心で、不自然なくらいそこにあるものに目を向けない生活に。
一人という寂しさよりも、そんな淡白な環境になかなか馴染めなかった。

今ではそんな事も無くなったけれど、でもやっぱり人に無関心な人は好きじゃない。
人の痛みや辛さに無関心な人からは、体温が感じられない。
人との関わりではお互いの温かさが何よりも尊いものであるはずなのに。

これからもいつでも無関心ではいたくない。
たとえそれが縁もゆかりもない、二度と会うことのない人であっても。




茜雲


金曜日の夕暮れの空は、とても綺麗だった。
一面の雲が茜色に輝いて、光の眩しさと美しさで目を細めてしまうくらい。

私は昔から空を見上げながら歩く癖がある。
晴れ上がった真っ青な空でも、雨が降り続くどんよりとした重苦しい空でも。

上を向いて歩くことが好きと言うよりも、うつむいて歩く自分が好きじゃない。

空を見上げていると、いろんな景色に出会う。

新しいレストランの看板とか(笑)
マンションのベランダから顔を覗かせている子供の笑顔とか。
木々の間からこぼれ降りてくる太陽の光とか。

手軽な気分転換って言ったらちょっと違うかも知れないけれど、でもこの表現が一番ピッタリのような気がする。

梅雨の時期は雲が多く、空の表情も日替わり。
夏を待ちきれず明るい色に衣替えしたブラウスと対照的な空の色が、また楽しい季節でもある。

転んだりしないように、足元にも神経を使いつつ。




再会


日曜日は主人の祖母の納骨式で、秩父まで行ってきました。
90歳を超えた祖母は長い入院生活を送り、先月おじいちゃんの待つ天国へ旅立ちました。

主人と結婚してからのお付き合いなので、祖母とは約10年の時間を過ごしました。
頻繁に逢っていた訳ではないけれど、毎年恒例の親類縁者揃っての大旅行で祖母とは何度か一緒に旅行したので、
私の中にも祖母との思い出はたくさん残っています。
おっとりとした、お嬢様みたいなおばあちゃんでした。

早くに旅立ったおじいちゃんとの、25年ぶりの再会。
今頃はきっと別々に過ごした時間のおしゃべりに、花を咲かせていることでしょう。




ギャンブルorチャレンジ


2つの道があります。
右に行けば、ささやかだけど安定した生活が保障される。それ以上、それ以下の人生はない。
左に行けば、自分次第で大成功を収める可能性がある。でも逆に底なしの生活もあり得る。
あなたはどちらの道を選びますか?

大学時代のゼミでのひとコマ。

私は人生に過剰な成功は望んでいない。ささやかでも家族みんなが健康で楽しい毎日が送れれば、それで幸せ。
それならば何の迷いも無く右に行けばいいのかも知れない。
でも一方で、私は保障された毎日なんて欲しくない。
小さくても大きくても、自分の力で手に入れるから人生楽しいんだと思っている。

学生時代、私は左の道を選んだ。
(「君はお金に苦労した事が無いんだな。だからわざわざそんな道を選ぶんだよ。」と、某都市銀行支店長様の一人っ子であるボンボンに言われてむっとしたけど。)

そして今、私はやっぱり左の道を選ぶ。
右の道は、まだ後半開始間もないのに虎の子の一点を総力をあげて守り抜くつまらないサッカーみたいなもの。>わかりにくい?
それも戦術なんだろうけど、私にとってはチャンネルを変えてしまう位つまらないことの代名詞なのだ。
左の道は、私にとってはギャンブル(賭け)ではなくチャレンジ(挑戦)の人生。

人生なんて選択の繰り返しだからひとつの選択だけで全てが決まるなんてあり得ないけれど、
このテーマは思いのほか議論を白熱させ、そして個人の性格を反映していた。

ちなみに右の道を選ぶ男子学生、意外に多かったんです。
二十歳そこそこでギチギチに守られるのも、ちょっといや。。




似たもの兄妹


先日主人の実家で食事をしている時、随分昔の話になった。

主人と義兄が満員電車から降りたところ、ひとりの男性が主人の頭を小突いたそうだ。
多分電車内で何か気に入らないことでもあったんだろう。
主人が「なんだ?」と思うや否や横にいた義兄がその行為に気付き、すかさず反撃をしたそうだ。
義兄は、自分がされる分には「なんだよ」位で終わるけれど、主人が小突かれた事に相当腹が立ったと言っていた。

私は時折、私と義兄は似ているなと思うことがある。
何故なら主人が小突かれた話を聞いただけで、既にムカムカしているから(笑)
まぁそれは冗談として、普段家で主人に、
「兄貴も同じようなことしてたよ」とか「兄貴も同じこと言ってた」と言われることがよくあることも一因かな。
それと喜怒哀楽の激しいところとかも(笑)

義兄はとても愛情溢れる人。家族に対しての愛情はもの凄いものがある。
そしてその愛情は私にも変わりなく向けられているのが、いつも伝わってくる。
私はこんな義兄が大好きなのだ。







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